2008年07月01日
生物史から学ぶお産と子育て7~本能=自然の摂理に沿った胎内保育⇒お産をしている?

>父親の役割は、安心して子育てができる縄張りの確保!そしてそのための闘争!というのが大きな役割ということになります。
母親は産み、育てることが大きな役割
厳しい寒冷化の中で、哺乳類の雌が獲得した「胎内保育」についてもう少し詳しく書いてあるブログを見つけました
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投稿者 nakamenta : 00:01 | コメント (1) | トラックバック
2008年06月26日
共同保育の可能性(^υ^)/part4~共同保育事例:イスラエルの生産共同体キブツの「子どもの家」
共同保育の可能性(^υ^)/part1 /part2/part3 に引き続き共同保育の可能性を考えてみます。今日は、共同保育の事例として、イスラエルの生産共同体キブツの「子どもの家」を紹介します。
キブツ(KIBBUTZ)とはヘブライ語で「集団・集合」を意味する言葉です。
キブツの数は現在270近くあって、そのメンバー総数は約130,000人でイスラエルの人口の約3%を占めていて、イスラエルの農業生産の40%、輸出向け工場 製品の約8%を生み出しています。

↑キブツの人々(写真は、株式会社テマサトラベルさんからお借りしました)
かつて、キブツの子ども達は親とは別に「子どもの家」で共同生活を送っていました。しかし、キブツを取り巻く状況の変化に応じて、現在の「子どもの家」は子ども達の共同生活の場ではなくなっているようです。
キブツの子ども達の共同生活の場「子どもの家」の実現基盤はなんだったのか?それが変わっていったのはなぜか?から共同保育の可能性を探ってみます。
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投稿者 sachiare : 20:39 | コメント (2) | トラックバック
2008年06月21日
生物史から学ぶお産と子育て5~生物界における父親の役割は?~
家庭における父親の役割って何でしょう?かつては一家の大黒柱といわれた父親ですが、現代の家庭においては正直存在感をなくしてしまっているお父さんは多いんじゃないでしょうか?
今回は「生物史から学ぶお産と子育てシリーズ」の第5弾として、そもそも生物界(特に哺乳類)の父親の集団(家庭)における役割って何?というあたりの話をしたいと思います!

(ジャコウウシの円陣 写真はこのサイトから借りました:リンク)
では手始めに事例を2つ紹介します。引用元はおなじみ「るいネット」
・草食動物
北極圏に棲む草食動物のジャコウウシは、捕食者であるオオカミに対して、雄が外側に円陣を組み、雌・子供をオオカミから守ります。(上の写真を参照)。
・肉食動物
ライオンは基本的に敵なしですが、群れで肉を掠め取りに来るハイエナは、最も厄介な敵です。このハイエナの攻撃に対し、雌ライオンでは追い払えず、雄ライオンが登場して決着させる。
こうやって見てみるとわかるように、オスの主な役割は外敵から、家族(集団)を守るということが大きな役割です。
ではそもそも、なぜこんな役割分化が起こったのでしょう?
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投稿者 daichi : 10:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月20日
生物史から学ぶお産と子育て4~~
お産と子育てって・・誰の役割?
男性に赤ちゃんは産むことができないので、そこは女性の力を借りる必要がありますが・・子育ては?いまでは主夫も珍しくないですし、家庭によって様々な形態をとっています。
今回は、某日某所にて議論された「オスとメスに分化したのは、何で?」という話題が興味深いものだったので紹介します。
投稿者 takatiee : 22:19 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月19日
生物史から学ぶお産と子育て3~雌雄の役割分化~
最近、親戚友人が出産ラッシュ
です。少子化といわれている昨今ですが、私の身近ではどうも違うよう・・・
そして、当たり前のことですが、生むのは奥さんばかり
、決して旦那さんは生みません。
そこで、どうして女が子供を産むんだろう
?とか、そもそも どうして男と女がいるの
?という疑問が湧いてきました。 ということで、
今回は『生物史から学ぶお産と子育て』の第三弾として、「雌雄の役割分化」を追求です
。
調べてみると、「るいネット」の実現論(リンク)に詳しくのっていました。
また、構造、つながりを追っていくと生物が外圧に適応する為にどういう適応戦略をとったのか見えてきましたので図解も紹介します。
(図解)です。
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投稿者 shijimi : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月17日
生物史から学ぶお産と子育て2~「性」の捉えなおし~
セックスレスが増える。少子化が進む。
幼い子供が殺される。子供が親を殺す。親が子供を虐待をする。
自殺者が増える。高齢者の居場所がなくなる。
社会はすでにガタガタ。今や、家庭崩壊も他人事ではない時代ですよね
これらの問題の原因には、個人の「これは私のもの」「これは嫌い」とか、その家庭の「うちはこういう決まりだから」など、あらゆる課題を劣化させる価値観があります
今日はその価値観を塗り替え、「どうする?」と追求するための答えをるいネットより紹介します
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投稿者 nakamenta : 23:48 | コメント (2) | トラックバック
2008年06月16日
生物史から学ぶお産と子育て1~自然の摂理から考える
家庭の基本的な課題=役割は、お産と子育て(生殖課題)です。
それらの課題や問題を考えるとき、現代の価値観では答えを出せなくなっています。
つまり、価値観を超えたより根源的な事実認識(構造認識)が必要とされています。
よって、生物史や人類史や現代史を通じて得られる事実認識(構造認識)を明らかにしていきたいと思います。
それに基づき、現代を捉えなおせば、現代の「何がおかしいのか?何が可能性なのか?」をより明確にすることができます。
また、「何は変えてはダメなのか?何を変えたら良いのか?」も明らかになっていくのではないかと思います。
~今後の方向性~
第一弾:生物進化史から学ぶ、お産と子育て
第二弾:人類婚姻史から学ぶ、お産と子育て
第三弾:日本現代史から学ぶ、お産と子育て
第四弾:貧困消滅後の可能性
第一弾は、「生物(進化)史から学ぶ、お産と子育て」です。お産と子育て(生殖過程)は、人類のみではなく、ほとんどの生物に共通する営みです。そこには、生命誕生以来、数十億年という長い歴史を貫く自然の摂理が存在します。
数回に分けて、記事をアップしていきますので、ご期待ください!
投稿者 toya : 08:23 | コメント (2) | トラックバック
2008年06月15日
共同保育の可能性(^υ^)/part2~子育て不安の実体~
共同保育の可能性(^υ^)/ 第一弾 『枯葉クラブ』の紹介読んでもらえましたでしょうか?
『枯葉クラブ』は今現在も追求中で、ちゃくちゃくと議論も進化しているようなので、調査してまた報告します
今日は 共同保育の可能性part2~子育て不安の実体~
「結婚に可能性が見出せない」「老後一人はさみしい・・・」いろんな理由で「共同保育」に可能性を見出そうとしている層がいるようですが、私が共同保育を実現させたいと思った理由は、現在妊娠7ヶ月に入り「仕事」と「子育て(家庭)」の両立を考えだして、現実どうにかしたいと思ったからです
「そんなの、保育所にでも預けて働けばいいやん
」
と思われるかもしれませんが、私はもう一歩踏み込みたいと思っています。それは
「仕事の場(=生産の)と家庭(=生殖の場)が一体となった場」の必要性を感じているから
なんでそんなことを感じているのかというと・・・
応援よろしくお願いします
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投稿者 kado : 13:32 | コメント (2) | トラックバック
2008年06月14日
共同保育の可能性(^υ^)/
最近の若い子の間では、結婚に対する“夢”や“希望”は消えうせた!!・・・
こんな状況が顕著になってきています。
先日のなんで屋露店
では、女子高生三人グループ
に「結婚したい?」と聞くと、
みんな声をそろえて「したーい!!」と。
そこで、「なんで、結婚したいの~?」の問いには、
一人が「老後安心して死ぬため~!」と。他の2人もうなずく。
「・・・・」(絶句)。
彼女達には、結婚生活の具体的な充足イメージが持てず、“老後の安心”にまで飛んでしまっている。
大学生達も老後をどうする!?を考えている事例も登場しています。
彼女達によれば、結婚しても旦那は“過労死
”か“ウツ病で廃人
”になり、或いは離婚して、結局女一人が取り残される!という前提らしい。
そういう状況を女達で乗り切ろうと『「将来一人だったらみんなので住もうね
」の会』:『枯葉クラブ』を数年前に発足したそうです。
この“みんなで住む”や“共同保育”という新しい試みが徐々に出始めてきているようです。
このような動きを受けて、有志のグループで共同保育の可能性(^υ^)/というテーマで、その可能性と実現基盤を探って行きたいと思います。
『枯葉クラブ』の詳しい記事がるいネットに掲載されているので紹介しますね!
その前に
応援
よろしくお願いします
投稿者 sashow : 15:20 | コメント (8) | トラックバック
2008年05月15日
子どもの疲労感は、課題の「多さ」よりも、多くの課題の「統合不全」により生まれる。
1970年頃に貧困が消滅して以降、子どもの習い事や通塾は、一般的になりました。かつては、貧困の圧力⇒いい生活をするために、いい学校に行く(いい学歴を得る)ことが第一であり、勉強が第一という価値観でした。しかし、貧困の圧力が衰弱し、その価値観が無効化すると、勉強だけができても…という価値観が生まれ、スポーツでも音楽でも好きなことが見つかればいいという価値観が広がり、子どもたちの可能性を伸ばすもの(実態は、子どもがやりたいこと・親がやらせたいこと)を何でもとりあえずやらせるようになっています。
つまり、今の子どもらは課題がいっぱい。
しかし、その一方で、やらせずぎだから疲労感が増しているのでは?という状況にもなっているようです。それに対し、もっと遊ばせた方が(つまり課題を減らした方が)いいという考えがでてきますが、単に減らせばいいという単純な問題ではありません。
どういうことかといいますと・・・
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投稿者 toya : 20:10 | コメント (1) | トラックバック
2008年05月13日
「地域で学校を支える」から「みんなで子どもを育てる」へ

平成20年度の文科省の新規事業として学校支援地域本部事業がスタートしました。
これまでも、学校支援ボランティアとか学校応援団などといった活動がありましたが、もう一歩踏み込んだ体制づくりを目指し、当面は3ヵ年で全国1,800ヶ所の全市町村に整備してゆくことを目指しているようです。
核家族家庭の内向きな「子育て」と学校に一方的に子どもを押し付けて要求するだけの「保護者」、ほとんど義務感だけで活動してきたPTA、といった体制から地域のみんなで学校を支える体制へと転換することを目指しているようです。
今回は、その内容を見つつ、これからの課題と展望を考えてみたいと思います。
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投稿者 wyama : 20:54 | コメント (0) | トラックバック
2008年05月12日
余った親は何をしたら良いの?
あなたは暇を持て余していませんか?
いつも忙しいと感じていても、暇を持て余している事を、誤魔化そうとして何かに無理矢理、力(リキ)入れているかもしれませんよ。
画像の確認
写真はコチラから
って事で、昨日までの話題に続き、余った大人は何をしたら良いのか?考えて見ます。
投稿者 gokuu : 18:32 | コメント (0) | トラックバック
2008年05月11日
共同体の再生が必要!
“親が余っている”という状況を生み出したのは、市場社会である。
市場社会は、集団を解体し、バラバラな個人にしてしまうことで成立する。“子育て”が各家庭の課題になったのも、いや、母親一人の課題になってしまったのは、間違いなく市場社会が原因である。
学習塾、スイミング、ピアノ、英会話、バレエ、サッカー、野球、そろばん、習字、ダンス・・・などなど、今子どもたちが、学校以外に毎日のように通っている習い事は、こんなにいろんな教育市場であふれている。
しかも子どもにこれらの習い事をさせることは、子どもの能力を特別に磨くためというより、もはや当たり前。そこまで市場に呑み込まれてしまっているのだ。
投稿者 hiroaki : 18:21 | コメント (0) | トラックバック
2008年05月10日
市場社会・市場拡大が生み出した消費者

写真↑エコバックは、 こちら から
親余り→密室家庭の背景には、市場社会・市場の拡大が根底に潜んでいるのではないでしょうか?
市場を拡大させるには、消費者を生み出し、そして消費者(層・意識)を拡大させていく必要がある。
振り返ってみると、
かつての村落共同体のように、相互扶助の関係や皆が生産者で有り続けると、市場は拡大しないのである。
農村においては、
食料は自給自足又は、殆どまかなっている。余剰に生み出された野菜やお米を(農業に従事していない)近所にお裾分けすることも多い。
大家族で住めば、それだけ家賃負担が小さくなる(田舎では持ち家が殆どであるので家賃としても発生しない)。かつての白川郷のように、村を挙げて普請することもある。
子育てにおいても、母親がべったり面倒を見ることは殆ど無かった。祖母も面倒を見てくれたり、近所に遊びに行くとその家のお母さんが面倒を見てくれたり、悪さをすると長老的なおじいさんに怒られることもある。
小学校に通う頃には、近所の友達と日が暮れるまで遊んでいる。現代の(高価な)おもちゃやゲーム機など不要で、空き地や野原に秘密基地を作ったり、遊び道具は仲間と一緒に作り出したり、身近にあるもので創意工夫して遊んでいた。そして、田植えや刈入れ時、収穫時に草むしりetc.子供であっても手伝えることは多い。
その間、母親そして祖母も田畑を始めとした生産に従事できる。一家庭と言う枠を超えて生産と消費、そして生殖(子育て)が一体となっていた。
そこには、地域での課題や生産を通じて各人に役割があった。
投稿者 sodan : 20:57 | コメント (2) | トラックバック
2008年05月09日
現代社会、実は親余り?!
さてさて、最近の当ブログでは、70年代~暇な専業主婦の登場、さらには近年、ついに父親までもが暇になって我が子へ収束!という問題事象を分析してきましたが、ここでふと気付いた新事実
があります。
それは、なんと!
親が余っている!!
という事。
保育園・幼稚園にしても学校にしても、子ども一人一人にマンツーマンで面倒を見ている所など一切ありません。
いや、そもそもそんな必要が無いからこそ、1クラス30~40人、という単位で今も集団生活の場が形成されているのでしょう。
![]()
写真は、「三瀬みまもり隊」さんからお借りしました。
という事は、各家庭に目を向けると、概ね1~2人の子供に対してそれぞれ1~2人の大人が面倒を見ている環境というのは、極めて非効率な環境とも言えるのです。
それって、どーゆー事?気になる方は、
クリックしてから続きをどーぞ。
投稿者 kawait : 18:16 | コメント (2) | トラックバック
2008年04月30日
みんなで子育て~闘争圧力と追及姿勢が人を育てる~
さて、『子育て収束不全?!』
からどーする?を追及し、改めて「子育て」そのものが各家庭の課題へと劣化して行った過程がだんだんと見えてきました。
元々は、「子育て」なんてものをわざわざ意識するまでも無く、集団に働く外圧に、男達・女達が一体となってどう立ち向かうか?を大人達は考え、実践して来たに過ぎない。
もちろん、その中で子ども達は集団への授かり物として大切に守られ、子ども達も外圧に立ち向かう大人達を同化対象として、自らへの期待を感じ取り、成長して行ったのだろう。
現在でも、家庭・学校・企業など、あらゆる集団形態において育成のベースとなるものは、やはり先人達の築いてきた成功体験=『規範』の有無であり、その『規範』とは集団の闘争体験によって培われていくものである。
しかし、現代の家庭には、闘争圧力が全く働いていない。何故ならば、家庭=消費専属の空間だからだ。その全く圧力の働かない空間では「規範」が形成されるはずも無く、指標無き子育てはただひたすら不安を産み出し、閉塞していく構造にある。
続きを読む "みんなで子育て~闘争圧力と追及姿勢が人を育てる~"
投稿者 kawait : 18:03 | コメント (0) | トラックバック
2008年04月29日
自然の摂理から子育てどうみる?
こんにちは~
昔の大人たちは、子供たちが将来を担うことを期待していました。(みんな期待=共認圧力)
子供の年齢が一定を超えれば、同じ仲間として闘うことができるようになるとみんな期待してたんです。
でも今は、子育てを自分だけの課題だと思ったりしてませんか?
子育てをもう一度見つめてなおしてみませんか?
投稿者 kaneking : 18:18 | コメント (0) | トラックバック
2008年04月26日
子育てはTVゲーム?
わっとさんに続きます
さて、1970年代になると、世の中が大きく変わります。
家庭の中が「暇」になるのです。
その代表選手が主婦(特に専業主婦)です。

写真はこちらからです
そしてどうなったかと言うと・・・・・ちと早いですがいつものポッチってヤツの後に続き言って下さい。お願いします。
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投稿者 gokuu : 21:11 | コメント (0) | トラックバック
2008年04月25日
「子育て」は家庭の課題ではなかった

「子育て」ということはいつごろから意識されるようになったのでしょう?
ほんの数十年前までは、家庭の中に今のような子育て課題はなかったと思います。
というわけで、少し昔を振り返ってみたいと思います。
投稿者 wyama : 21:21 | コメント (0) | トラックバック
2008年04月14日
子育ての目的が見失われた?
「あなたの子育ての目的は何?」と聞かれたら、何と答えますか?
いくつかの子育てブログでは、「子どもを幸せにすること」や「自立させること」が目標だとされているのですが、何となくピンとこないと感じているのは私だけでしょうか?
みんなにとって、子育ての目的がはっきりしているのであれば、今「子育て不安」が叫ばれたり、少子化の問題にはならないのではないでしょうか?
“子育ての目的”って、はっきりしているのでしょうか?
投稿者 hiroaki : 18:12 | コメント (3) | トラックバック
2008年04月12日
共同保育は上手く行ってる?
今回は、『共同保育』にスポットを当てて探索してみました。

子育ての過程において、どこにも預けないで小学校へ就学という家庭は少なく、保育園や幼稚園、そして託児所など、どこかしら施設に預けられていると思います。
保育園や幼稚園、特に託児所では、預ける側の親と、預かる側の施設といった分断された構造にあり、いつの間にかそれが当たり前になっていて、子育ては、みんなの課題という視点が抜け落ちてしまっています。
モンスターペアレントを始めとしたクレイマーたちは、どうしよう?どうしていく?といった自ら主体的に解決していくのではなく、消費者のごとく、批判・要求するだけです。例え、どうする?と言う答えを出したとしても、殆どが頭に“自分”がついていて、“自分の子供”にとってどうか?とばかり考え、周りのことは眼中に無い事が多い。しかも、この“自分の子供”というのも怪しく、突き詰めれば一番は親である“自分(の評価や要求)”のことしか考えていない。
対して、共同保育所では、
続きを読む前にポチ・ポチ応援お願いします。
投稿者 sodan : 21:02 | コメント (0) | トラックバック
2008年04月11日
企業内保育ってどうなの?

写真はコチラからです
家庭での育児に関して諸問題が取りざたされる中、注目されている企業内保育がある。
新しい育児の可能性なのでしょうか?
日立製作所の企業内保育の紹介記事です。
ここでは、近接する企業18社と共同で企業内保育を開設、運用している。労組委員長が園長を勤めたり、ハロウィーンには子供達が幹部の部屋にお菓子を貰いに行くなどの職場挙げての対応が注目される。
同様の取り組みは、富士通等でも行われている。
投稿者 gokuu : 18:45 | コメント (2) | トラックバック
2008年04月10日
【問題提起】子育て不安の原因、実は『暇だから?!』
最近、面白い記事を見つけたので紹介します。
『悩みや不安がつきないのは、エネルギーがあり余っているから! 』
以下、引用(一部省略)
いつも悩みや不安が頭を離れずにぐるぐる~。 そしていつしかダウン・・・。こういう人って、活力が衰弱しているんだって思っていたんですが、実は違うんです!
実は「エネルギーがあり余っているんです!」
ドキッ!としたあなた。続きはボタンをクリックしてから、どうぞ。
続きを読む "【問題提起】子育て不安の原因、実は『暇だから?!』"
投稿者 kawait : 22:48 | コメント (4) | トラックバック
2008年03月16日
要注意!親の期待はズレている。
こんにちは。
今日は、子育てに対し、ついつい「
過保護・過干渉
」になってしまう家庭の原因構造を追求してみました。
など、いくつかのサイトでも、「過保護・過干渉」は子どもの心を破壊する行為だ、と指摘されています。
しかし一方で、これらの状況は一般的な家庭に良く見られる風景でもあり、まさしく現代家庭の構造的問題であると捉える事ができます。
続きの前にポチ応援お願いします。

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いつもありがとうございます
投稿者 kawait : 18:02 | コメント (2) | トラックバック
2008年03月14日
子育てにおける安心感を育むための取り組み~保育所の地域子育て支援活動より~
母親の子育て不安は子供に転嫁し、子供の親和欠損を生み出します。また、過保護や過干渉から自立できない、そして対象性=同化能力の低い子供→大人に育ってしまう可能性が高くなります。
共同体が解体されていく中で地域との繋がりはどんどん希薄化し、家庭は密室化し、子育て不安は増すばかりで、増してや初めての子育てや、転勤などによって近所に親戚や知り合いがいなければなおさらである。
そんな中で、
乳幼児から就学までの“子育て支援”を地域での取り組みとして保育所に取り入れた事例を紹介します。
続きを読む "子育てにおける安心感を育むための取り組み~保育所の地域子育て支援活動より~"
投稿者 sodan : 03:20 | コメント (1) | トラックバック
2008年02月21日
子育ては遊びではない。生産活動(意識生産)である。

女性の社会進出(就職)→育児(家庭に入る)→活力低下(社会閉塞)⇒育児でまっとうな評価を得る。そのためには?
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投稿者 toya : 18:34 | コメント (4) | トラックバック
2008年02月19日
甘え下手で、勉強が進まない小学生?!
「甘える」について調べていたところぴっかりさんの子育て相談室というHPを見つけました
るいネットでも「厳選○サイト」として紹介されています
抱いてやっても体に力が入ったまま、絶えずモゾモゾと落ち着かず、母親から目をそらすように体を反り返らせる赤ちゃん。
泣かない赤ちゃんや泣くことを止めようとギャーッという異様な泣き声で泣く赤ちゃん。
些細な理由で、異常なまでの激しいかんしゃくを起こす子ども。
こんな赤ちゃん・子供が増えているそうです。(自閉ぎみの赤ちゃん・子供が増えている??)
寂しい。かまって欲しい。本当はお母さんに可愛がってもらいたい。甘えたい。
けれども素直に甘えられず、感情を抑圧してしまう。
切なくなるのは、お母さんの不安定さを感じ取って、感情を抑え込んでいるということ。
カウンセリングで、お母さんへ今まで良く頑張ってきたことを認めてあげたり、お母さんが赤ちゃんや子供のサインの理由を理解した時、赤ちゃんや子供の様子が変わるそうです
「ぴっかりさんの子育て相談室」のあるコーナーの中の記事には、
「育てにくい子どもは、赤ちゃんの頃、「妙におとなしい」か、「ギャーギャー泣いてばかり」だったというケースが案外多い。だとすれば、感情抑圧的な傾向の端緒は、実は赤ちゃんの時期から始まっていたと考えられるのではないだろうか。」
と記されていました。
様々な記事の中でも、「甘え」と「勉強」の関係について記されている記事がありましたので紹介します
応援宜しくお願い致します
投稿者 nakamenta : 22:29 | コメント (0) | トラックバック
2008年02月16日
保育園を作れば作るほど、財政難・・・
大阪市は、日本でも有数の待機児童が多い市町村で、「保育園を作ってほしい」という声が、ママさんたちの間でも頻繁に聞こえてきます。
市長も知事も「保育所待機児童の解消」を中心的な政策として掲げているにもかかわらず、なかなか進展しないのはなんでなのでしょう
ポチポチっとしてから、続きを読んで
投稿者 watami : 22:36 | コメント (1) | トラックバック
2008年02月15日
甘え⇔安心感⇔委ねる~児童養護施設の内情から~
Hatena 児童養護施設の内情についてご存知の方への質問です。より
友人達と時々遊びに行っていた経験から書かせていただきます。子供さんたちの背景や施設の状況により全く参考にならないかもしれませんがお許しを。
という書き出しで、大きく5項目ぐらい書かれています。
その中でも、最初に書かれている1)項目めの
1)甘えたがる子供が多かった。一人を膝に乗せ絵本を読み聞かせると他の子供がやきもちを焼きその子を押しのけたり、うまく甘える子供を殴ったり。施設内でも皆の先生、皆の客人なので『自分ひとりに愛情を注いでくれる誰か』を欲している。
『甘えたがる子供が多かった。』という言葉を読んだ時、このブログでも紹介されている“甘えない人が自立するのでなく、甘えていいときに充分に甘えた人が自立する☆”という投稿が頭を過ぎりました。
続きを読む "甘え⇔安心感⇔委ねる~児童養護施設の内情から~"
投稿者 sodan : 21:24 | コメント (0) | トラックバック
2008年02月09日
児童養護施設の存在構造
日本の児童養護施設は、法的には1929年:孤児院→1948年:養護施設→1998年:児童養護施設という変遷を経て、現在の形となっているようです。元々は、親を何らかの理由で亡くしてしまった孤児達を受け入れる施設としての役割がメインであったものですが、昨今では凡そ6割以上が、なんらかの虐待を受けている子ども達を一時的に保護する施設として、全国に555箇所あり、H15年の時点で3万人ほどの子ども達が生活の拠点としているようです。
また、厚生労働省の調査結果によると、児童相談所における虐待の相談件数は毎年増加の一途を辿っており、H17年で3万4千件。10年前のH7年時点では2700件ほどだった事と比べると、なんと10年で12倍
を越える増加となっています。
ちなみに、るいネットで先日一緒に議論したきょんさんが調べてくれたデーター「2006年アメリカにおける虐待の実態について」によると、個人主義立国アメリカでは、比較にならないほど虐待件数が多い事が解りました。
投稿者 kawait : 17:46 | コメント (2) | トラックバック
2008年02月03日
甘えない人が自立するのでなく、甘えていいときに充分に甘えた人が自立する☆

>『育てる』って、子供に何かを教え込むんじゃなく、子供が成長していくために必要な、“安心基盤をつくること”なんですね るいネット『育てる』って何かを教え込むことじゃなくて・・・』より
『子育てハッピーアドバイス』(明橋大二 著)に「子どもの心は甘えと反抗を繰り返して大きくなる」とありました
「「甘え」とは「依存」のこと、「反抗」とは「自立」のこと。この2つを行ったり来たりしながら、子どもの心は大きくなっていく」と記されています
「甘えて、与えてもらった安心」を基盤に、適応としようと主体性は高まってゆく、その繰り返し。確かにそこには何かを教え込んで、引っ張ってゆく過程はないように思います
また、「もし、子どもが不安になって、後ろを振り返ったら、そこには、ちゃんと親がいて、大丈夫だよ、とうなずいてくれる、そういう関係を築いていきましょう」とも記されています
「ちゃんと見てくれている、聞いてくれている、触れてくれている、あぁ大丈夫」という安心感は、生きる基盤のように思います。子どもが育つのに、まず大人が与えてあげるべきものですよね。
続いて、子どもに必要な「甘え」について『子育てハッピーアドバイス』よりご紹介します
続きを読む "甘えない人が自立するのでなく、甘えていいときに充分に甘えた人が自立する☆"
投稿者 nakamenta : 00:14 | コメント (1) | トラックバック
2008年02月01日
社会適応の条件とは?(育つって何?)
さて、不登校→フリースクール→出口の無い無圧力空間。。。
といった構造の限界が前項にて提示されましたが、そもそもの人類、あるいは生物にとっての「生きる」とは一体何を意味するのか?
みんなで探索した事例の中には、全寮制学校により外圧形成+適応力の育成で成果を上げ
