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   <title>家庭を聖域にしてはいけない</title>
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   <updated>2010-03-13T03:23:40Z</updated>
   <subtitle>子どもたちが危ない。自己中の親・過保護な親。密室家庭は、人間をダメにする。</subtitle>
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   <title> 「婚姻論」の史的価値</title>
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   <published>2010-03-13T01:30:00Z</published>
   <updated>2010-03-13T03:23:40Z</updated>
   
   <summary> 写真：イロコイ族（ウィキペディアより） 　社会が閉塞し、社会構造の最基底にある男女の規範や婚姻形態も、これまでの有り様は行き詰まって様々な問題が噴出しています。そして近年では性が衰弱の一途を辿っています。これからの社会に突破口を開く為には、改めて男女役割規範を再構築していく事が重要な課題になってきています。その為当ブログでも、  :m058: 婚姻史シリーズ(1)～(30)  :m058: 現行の『婚姻制度』～その中身と成り立ち　継続中 など時代を遡って男女規範や婚姻形態の構造を捕らえなおす追求が進められています。 婚姻史を紐解く上では、これまでに人類学者を始めとする様々な人が追求した既存の資料や論文があります。しかし、そうした資料も調査を行なった時代や研究の方法、研究者の価値観によって様々な解釈がなされ、一つ一つを鵜呑みにするわけにはいかないようです。 今日は、るいネットの最近の秀作から、「婚姻論の歴史」について語られている投稿と、婚姻史を学ぶ上で参考になるサイトをご紹介します。 続きの前に、応援宜しくお願いします :m195:  :m092:     ...</summary>
   <author>
      <name>willow</name>
      
   </author>
         <category term="婚姻制度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%A9%E3%82%A4%E6%97%8F.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%82%A9%E3%82%A4%E6%97%8F.jpg" width="439" height="120" />
写真：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%82%A4%E9%80%A3%E9%82%A6">イロコイ族（ウィキペディアより）</a>

　<span style="color:#000080;">社会が閉塞し、社会構造の最基底にある男女の規範や婚姻形態も、これまでの有り様は行き詰まって様々な問題が噴出しています。そして近年では性が衰弱の一途を辿っています。これからの社会に突破口を開く為には、改めて男女役割規範を再構築していく事が重要な課題になってきています。その為当ブログでも、
 :m058: <a href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/12/000699.html">婚姻史シリーズ(1)</a>～(30)
 :m058: <a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/01/001002.html">現行の『婚姻制度』～その中身と成り立ち</a>　継続中
など時代を遡って男女規範や婚姻形態の構造を捕らえなおす追求が進められています。

婚姻史を紐解く上では、これまでに人類学者を始めとする様々な人が追求した既存の資料や論文があります。しかし、そうした資料も調査を行なった時代や研究の方法、研究者の価値観によって様々な解釈がなされ、一つ一つを鵜呑みにするわけにはいかないようです。</span>

<span style="color:#ff3300;">今日は、<a href="http://www.rui.jp/">るいネット</a>の最近の秀作から、「婚姻論の歴史」について語られている投稿と、婚姻史を学ぶ上で参考になるサイトをご紹介します。</span>

続きの前に、応援宜しくお願いします :m195:  :m092: 
<a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a>   <a href="http://baby.blogmura.com/in/073656.html" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 子育てブログへ" src="http://baby.blogmura.com/img/baby80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[以下　<a href="http://www.rui.jp/">るいネット</a>：<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=227666"> 『 「婚姻論」の史的価値』 </a>からの引用です。
 
<blockquote>（前略）
以前、「婚姻の歴史」ではなく「婚姻‘論’の歴史」を調べたことがあります。文化人類学とか社会人類学の範疇に入るのですが、ﾌｨｰﾙﾄﾞﾜｰｸに基づく実証主義を重んじているため、現在では、完全に行き詰っているという印象を受けまいた。（∵市場化によって、未開部族の多くが破壊されているため。）
従って、「婚姻の歴史」を調べるには、古い調査資料ほど（市場化による集団破壊がないため）、信憑性が高いということになります。

参考までに、以前調べた「婚姻‘論’の歴史」を掲載しておきます。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/06/000402.html">『知られざる人類婚姻史と共同体社会（家族・婚姻に関する人類学の系譜）』</a>
■19C後半：社会進化主義
<img alt="Morgan.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/Morgan.jpg" width="70" height="90" /align="right"><img alt="Johann_Jacob_Bachofen.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/Johann_Jacob_Bachofen.jpg" width="68" height="90" /align="right">1859年に発表されたﾀﾞｰｳｨﾝの『種の起源』の影響を受けて、19Cの後半は、人類の社会形態についても、原初の時代から19Cの当時に至るまで連続的な発展段階を経て進化してきたと考えられていました。この考えを社会進化主義といいます。
※J･J･ﾊﾞｯﾊｵｰﾌｪﾝの『母権論』(1861)、L･H･ﾓﾙｶﾞﾝの『古代社会』(1977)がこの流れにあります。
ﾓﾙｶﾞﾝは、ｱﾒﾘｶ･ｲﾝﾃﾞｨｱﾝの親族名称が欧米のものとは異なっていることに着目し、親族名称が過去の時代の家族の発展段階を表していると考えて、人類社会の進化モデルに取り組みます。その結果、人類社会は原始乱婚の時代から血族婚家族、母系の半血族婚家族（いずれも集団婚）を経て、私有財産制の発展に伴って父系制に転換し、最後に一夫一婦制からなる核家族に到ったという立場をとりました。

<span style="font-size:70%;">写真左：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/J%E3%83%BBJ%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3">J･J･ﾊﾞｯﾊｵｰﾌｪﾝ(ｳｨｷﾍﾟﾃﾞｨｱより）</a>　右：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3">L･H･ﾓﾙｶﾞﾝ(ｳｨｷﾍﾟﾃﾞｨｱより）</a></span>　</blockquote>
参考：<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/06/000404.html">家族・婚姻に関する人類学の系譜２（モルガン社会進化主義）</a>

<blockquote>■20C初頭：機能主義                                                                                
<img alt="180px-Alfred_Radcliffe-Brown.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/180px-Alfred_Radcliffe-Brown.jpg" width="85" height="90" /align="right"><img alt="%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%8E%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%8E%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD.jpg"width="69"height="90" /align="right">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20Cに入ると近代科学の実証主義の影響から、ﾓﾙｶﾞﾝ社会進化主義（資料の信憑性や実証性）に対して痛烈な批判が加えられ、特に親族名称は学術的根拠足りうるかという点が批判対象となります。その結果、未開部族に対するﾌｨｰﾙﾄﾞﾜｰｸが重要視され、歴史構造を普遍化することよりも、現存する未開部族の文化や社会がどのように機能しているのかを理解すること（＝機能主義）が中心テーマとなっていきます。
※B･K･ﾏﾘﾉﾌｽｷｰ『西大西洋の遠洋航海者』(1922)や、ﾗﾄﾞｸﾘﾌ･ﾌﾞﾗｳﾝ『ｱﾏﾝﾀﾞ島民』(1922)などの説が、機能主義と呼ばれています。
ﾌｨｰﾙﾄﾞﾜｰｸの結果からは、多夫多妻婚の事例が存在せず、実質的に社会進化主義（人類史における集団婚の存在）が否定されていきます。そして、一対の夫婦とその子供からなる家族が人類史の古い時代に登場し、未開部族においても普遍的に存在しているという見方が支配的になっていきます。（一夫多妻婚や一妻多夫婚などの事例も、一夫一婦婚の複合的な形態であると見なされました。）
<span style="font-size:70%;">写真左：<a href="http://blog.goo.ne.jp/jinmeiryoku/e/41514f2208c8f2a99bba0e0aa81f2345">B･K･ﾏﾘﾉﾌｽｷｰ(人名力さんより）</a>　右：<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95%EF%BC%9D%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3">ﾗﾄﾞｸﾘﾌ･ﾌﾞﾗｳﾝ(ｳｨｷﾍﾟﾃﾞｨｱより）</a></span></blockquote>
<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000427.html">参考：家族・婚姻に関する人類学の系譜３</a>

<blockquote>■20C中盤：統計的解析、構造主義
<img alt="23206014.gif" src="http://blog.katei-x.net/blog/23206014.gif" width="56" height="90" /align="right"><img alt="murdock.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/murdock.jpg" width="62" height="90" /align="right">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20Cの中盤になると、従前の機能主義の立場を踏襲しつつ、ﾌｨｰﾙﾄﾞﾜｰｸによって収集された民族データを基に、統計化や構造化の試みが行われます。
G･P･ﾏｰﾄﾞｯｸの『社会構造（核家族の社会人類学）』(1949)では、民族データの統計的解析が行われると共に、（統計的な裏付け？の下）親族構造の基本単位として、核家族の存在がより強調されていきます。
他方、ﾚｳﾞｨ･ｽﾄﾛｰｽの『親族の基本構造』(1949）では、核家族の普遍性に疑問が投げかけられ、単体の家族の「機能」よりも、社会全体の中で家族同士の結び付きがどのような「構造」になっているかが着目されていきます。その上で、父系社会における「嫁入り」＝「女性の交換」という社会統合の視点が導入されます。

<span style="font-size:70%;">写真左：<a href="http://www.mnsu.edu/emuseum/information/biography/klmno/murdock_george.html">G･P･ﾏｰﾄﾞｯｸ(人ﾐﾈｿﾀ州立大学より）</a>　右：<a href="http://mitleid.cool.ne.jp/levi-strauss.htm">ﾚｳﾞｨ･ｽﾄﾛｰｽ(Mitleidの家さんより）</a></span></blockquote>
</blockquote>

<blockquote>■20C後半：人類学の混迷→霊長類学の台頭
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20C後半になると、核家族とは異なる反証事例（インドのナーヤル人の母系社会など）が報告されたことによって、人類学の分野で家族の普遍性への確信や関心が薄れていきます。更に市場経済の拡大によって調査対象となる未開部族の社会が破壊され、実証主義→ﾌｨｰﾙﾄﾞﾜｰｸに依拠する追求が事実上不可能になっていきます。
文化・社会人類学で核家族論が混迷期を向かえた頃、霊長類社会と人類社会を比較研究することで家族の問題に言及しようとする動きが登場し、ﾌｨｰﾙﾄﾞﾜｰｸの対象が霊長類（サル）に向けられていきます。こうして、家族論のテーマは霊長類学に移行し、欧米に先駆けて霊長類研究を開拓してきた日本が、現在最先端の位置にいます。</blockquote>

<span style="color:#000080;">　既存の資料や論文は新しいものになる程、観察対象が市場経済の発達以降の人種間交流や環境変化で本来の姿を残していないというのは、なるほどそうだと実感しました。その意味では、現代の霊長類研究のフイールドワークも同様の注意が必要なのだと思います。

実証主義においては、上記の様な古くからの集団の破壊の他、地域環境による個別性に偏った分析であったり、近・現代的な婚姻様式や家族形態を前提とした価値観に基づき、偏った分析がなされている点にも危惧を覚えます。

婚姻史を遡る上でも、偏った捉え方に陥らない為には、既成の価値観や特殊事例を基にして部分抽出した構造によらず、人類史の大半を占める始原人類や、そこに到るまでのサルの時代まで含めた普遍的な構造を捉える必要があるという事なのだと思いました。</span>

<span style="color:#ff3300;">■人類婚姻史を学ぶ上でお勧めのサイト</span> :m045: 
 :m045: <a href="http://www.rui.jp/">るいネット</a>
<span style="font-size:70%;">生物史まで遡る人類の原基構造の解明から、現代的な問題まで、あらゆるジャンルのテーマを多くの人が協働で追求し、日々新たな認識が紡ぎ出されています。</span>

 :m045: <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/">知られざる人類婚姻史と共同体社会</a><span style="font-size:70%;">未開部族の婚姻様式などから、人類500万年に亙る共同体社会の原基構造に迫るブログです。</span>

 :m045: <a href="http://www.rui.jp/new/chumoku/pdf/koninron.pdf">『婚姻論』付　世界の各部族の婚姻形態</a>  
<a href="http://www.rui.jp/"><span style="font-size:70%;">るいネット</a>にある便利データサイト内ﾆあるデータです。【婚姻史】『婚姻論』の付録資料。世界中の未開部族の婚姻形態の事例がまとめてあります。</span> ]]>
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   <title>『家庭って何？』～人類の新たな活力源＝圧力源～</title>
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   <published>2010-03-12T07:02:14Z</published>
   <updated>2010-03-12T07:23:56Z</updated>
   
   <summary> 前回『家庭って何？』～市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある～では、市場が縮小、限界を向かえた現在、国家も統合限界を迎えてしまった！！ということがわかりました。 そして、家庭も限界を迎えつつあるようです。それは、さまざまな問題を抱えている事からも分かります。その一つが先週紹介された、本来持っていた教育機能を完全に外注化（保育所や塾など）している現状から見ても、教育機関としての役割を果たせてない！ということです。 なぜ、家庭は教育機関としての役割を失ってしまったのでしょうか？ 今週は、お母さんが子供たちに勉強させたい　けど、いくら『勉強しなさい！！』 :evil: って言ってもなかなかな勉強しない :-( って悩んでいるお母さん必見の内容 :m051:  今、勉強するためにも必要な時代の活力源は変わっているのです :m034:  :m033:  続きを読む前にポチっとよろしくおねがいします :m021:      ...</summary>
   <author>
      <name>shijimi</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E6%9D%B1%E5%A4%A7.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%9D%B1%E5%A4%A7.jpg" width="400" height="300" />
前回<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/03/001017.html#more">『家庭って何？』～市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある～</a>では、市場が縮小、限界を向かえた現在、国家も統合限界を迎えてしまった！！ということがわかりました。

そして、家庭も限界を迎えつつあるようです。それは、さまざまな問題を抱えている事からも分かります。その一つが先週紹介された、本来持っていた<span style="color:#ff3300;">教育機能</span>を完全に外注化（保育所や塾など）している現状から見ても、教育機関としての役割を果たせてない！ということです。

なぜ、家庭は教育機関としての<span style="color:#6666ff;">役割</span>を失ってしまったのでしょうか？

今週は、お母さんが子供たちに<span style="color:#ff3300;">勉強させたい　</span>けど、いくら『勉強しなさい！！』 :evil: って言ってもなかなかな勉強しない :-( って悩んでいるお母さん必見の内容 :m051: 

今、勉強するためにも必要な時代の活力源は変わっているのです :m034:  :m033: 
続きを読む前にポチっとよろしくおねがいします :m021: 

<a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a> 
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      <![CDATA[<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=31505">『超国家・超市場論１３　人類の新たな活力源＝圧力源』</a>より引用しました
<span style="background:#FFFFA4"><blockquote>では、人類の新たな活力源⇒圧力源は何か？
それは、すでに実現論4_1_00『人類500万年のパラダイム転換』に明示されている。</blockquote></span>
<span style="background:#FFFFA4"><blockquote>＞サル→人類が共認機能→観念機能を武器に進化してきた動物であり、その生存と進化の前提条件の一つであった物的生存圧力(自然圧力と外敵圧力)⇒物的生存課題をほぼ克服し得たのだとすれば、あるいは少なくとも動物的な生存圧力はもはや主要な活力源たり得ず、従って物的生産はもはや第一義課題たり得ないとしたら、残るのは同類圧力の活力源しかない。人類は、これまで500万年に亙って自然圧力･外敵圧力だけを対象とし(そして期待・応望の同類圧力を生命源として)、共認機能と観念機能を進化させてきた。そして5500年前(日本は2000年前)、同類闘争圧力が加わるや否や、わずか数千年で、自然圧力・外敵圧力をほぼ克服してしまった。
これから先、人類は同類圧力(同類闘争圧力も含む)を主活力源として、共認機能・観念機能を更に進化させてゆくしかない。元々サルは、同類圧力を主活力源として共認機能を進化させてきたのだから、それは基本的には充分に可能である。</blockquote></span>
<span style="background:#FFFFA4"><blockquote>＞また、既に動物的な生存圧力を克服した共認社会では、環境その他の人類的課題に対する期待・応望の同類圧力＝共認圧力が解脱充足と並んで主活力源となり、人々の期待に応える政治や哲学や科学や芸術が主活動となる。そして、期待・応望を主活力源とするそれらの活動は、評価収束によって必然的に創造闘争＝共認闘争の圧力を形成し、それが期待・応望の主活力を加圧する。
つまり、共認社会の同類闘争は、人類的課題に応える創造競争＝共認闘争となる｡(政治であれ哲学であれ科学であれ芸術であれ、提起された認識は共認の獲得を目的としており、最終的には社会共認となることを目指しているので、創造競争は本質的には共認闘争である｡)
但し、あくまでも人々の期待に対する応望が主目的であって､闘争が主目的なのではない。闘争圧力は、評価収束によって期待・応望から必然的に派生する期待・応望の強化圧力であり、それによって人類的課題に対する期待・応望の活力は、極めて強力なエネルギーを持つことになる。</blockquote></span>
<span style="background:#FFFFA4"><blockquote>＞人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を営み、評価収束による創造競争(＝新たな同類闘争)によって圧力＝活力を高め、その同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する社会、これは原始人には夢想だにできなかった社会である。
にも拘らず、同類圧力＝共認圧力を生命源とする社会であるという根本パラダイムは、極限時代と同じである。ただ人類は、動物的な生存圧力の場を超えて、超動物的な同類圧力＝共認圧力の場へ移行する段階を迎えただけである。それは、共認動物が到達するべくして到達した必然的世界であり、実は滅亡の危機に瀕した今こそ、動物的限界を引きずっていた前史が終わり、真の人類史が始まる、その起点となる時なのである。  </blockquote></span>
<img alt="%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%A7%E5%8B%89%E5%BC%B7%E4%B8%AD.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%A7%E5%8B%89%E5%BC%B7%E4%B8%AD.jpg" width="450" height="338" />
学びあいの様子
　 子供たちを勉強させるために『勉強しなさい！』とか『いい大学は入れないわよ！』とか言っても、<span style="color:#6666ff;">響かない</span>訳がわかりましたね。かつて勉強は、<strong>私権獲得課題</strong>として、いい大学→いい就職→幸せ！！と目的がはっきりしていましたが、豊かになった現在周りの友達を蹴落としてまでいい大学にいきたい！って思えない :m097: から勉強する活力が沸かなくなっているんですね～ :roll: 

最近の子供たちに<span style="color:#6666ff;">勉強理由</span>を聞くと<strong>　<span style="color:#ff3300;">『みんなと一緒にがんばりたい☆』</span>　</strong>といいます。『自分発の課題⇒みんな発の課題』へ子供の意識は転換してしまっているから、お母さんの言葉が響かなくなっていたんですね～。

むしろ子供たちの収束するものがそうした、みんな発の期待に応えること（勉強で言ったら<span style="color:#ff3300;">学びあい</span>とかで説明すること）を活力源にしているから、暗記とかテクニックにはしるより、何でこうなっているの？原理は？と根本に向かっていたりします。むしろそうした、潜在思念とつながった<span style="color:#6666ff;">原理原則</span>を押さえる勉強が将来的には<strong>答えを出す</strong>思考の元となって行くように感じます。

みんなの<span style="color:#ff3300;">期待圧力＝活力源</span>にしている子供たちのほうが勉強意欲が<span style="color:#ff3300;">高い </span>:m051: のです。
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   <title>現行の『婚姻制度』～その中身と成り立ち（６）　家庭とは何か？1930年、高群逸枝はかく語る。</title>
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   <published>2010-03-09T08:29:53Z</published>
   <updated>2010-03-11T10:10:22Z</updated>
   
   <summary> 画像はコチラからお借りしました。 高群逸枝とは、明治～昭和を生きた詩人・女性史研究家。平塚らいてうと共に女性運動を始めたり、大東亜戦争に対しては狂信的に賛美するなど、多彩な活動をしてきた女性のようです。 今回は、彼女が昭和の初期に語った家庭像について見ていきたいと思います。「家庭」その語源と意味について、また昭和初期のインテリ層の家庭の姿が見えてきます。 家庭とは何か？１９３０年、高群逸枝はかく語る。（１） 家庭とは家の庭と書きます。 まず、家という字－古い書物によりますと、この家という字は、豚の上に屋根のかぶさった字、すなわち豚小屋という意味の字であると書いてあります。 みなさん。 神聖なるべき「家」が、「豚小屋」を意味するなんて、少しおかしいですね。で、これについて多くの学者が、種々の説を立てています。 ある学者は「家とは私有財産のことだ」といっている。昔、シナ人の主な財産は豚であった。彼らはそれを初めは共有していたが、権力者の出現とともに、私有が始まり、したがって、めいめいが屋根囲いの厳重な小屋を建てて、それらの豚どもを入れて置くようになった。それが家の起こりだ。だから、家とは、豚とかその他すべての私有財産を入れて置く建物のことだというのです。 いきなり「豚小屋」とはビックリ :shock: でしたが、「私有財産」のことを指すという意味があったんですね～。 初めはみんなで共有していた豚を、権力者がやって来て掠奪してしまった。権力者はその力の象徴として蓄財の大きさを競うようになり、掠奪した豚を私有物として厳重に囲ったというのが、私有の始まりなんですね。 この続きは・・・っとその前に応援の”ポチ”をよろしくです。   ...</summary>
   <author>
      <name>hiroaki</name>
      
   </author>
         <category term="婚姻制度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E9%AB%98%E7%BE%A4%E9%80%B8%E6%9E%9D.bmp"><img alt="%E9%AB%98%E7%BE%A4%E9%80%B8%E6%9E%9D.bmp" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E9%AB%98%E7%BE%A4%E9%80%B8%E6%9E%9D-thumb.bmp" width="210" height="300" /></a>
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高群逸枝とは、明治～昭和を生きた詩人・女性史研究家。平塚らいてうと共に女性運動を始めたり、大東亜戦争に対しては狂信的に賛美するなど、多彩な活動をしてきた女性のようです。

今回は、彼女が昭和の初期に語った家庭像について見ていきたいと思います。「家庭」その語源と意味について、また昭和初期のインテリ層の家庭の姿が見えてきます。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=26641">家庭とは何か？１９３０年、高群逸枝はかく語る。（１）</a>

<blockquote>家庭とは家の庭と書きます。
まず、家という字－古い書物によりますと、この家という字は、豚の上に屋根のかぶさった字、すなわち豚小屋という意味の字であると書いてあります。

みなさん。
神聖なるべき「家」が、「豚小屋」を意味するなんて、少しおかしいですね。で、これについて多くの学者が、種々の説を立てています。

ある学者は<span style="background:#FFE3E3">「家とは私有財産のことだ」</span>といっている。昔、シナ人の主な財産は豚であった。<span style="color:#ff3300;">彼らはそれを初めは共有していたが、権力者の出現とともに、私有が始まり</span>、したがって、めいめいが屋根囲いの厳重な小屋を建てて、それらの豚どもを入れて置くようになった。それが家の起こりだ。だから、家とは、豚とかその他すべての私有財産を入れて置く建物のことだというのです。</blockquote>

いきなり「豚小屋」とはビックリ :shock: でしたが、「私有財産」のことを指すという意味があったんですね～。

初めはみんなで共有していた豚を、権力者がやって来て掠奪してしまった。権力者はその力の象徴として蓄財の大きさを競うようになり、掠奪した豚を私有物として厳重に囲ったというのが、私有の始まりなんですね。

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<blockquote>家財という言葉がある。この言葉は、普通の意味では、家具に等しい。しかし、少し立ち入って研究して見ると、<span style="background:#FFE3E3">「自分の所有物の意。すなわち妻子財産等をいう」</span>とある。

みなさん。
よくここで注意して下さい。家財とは「自分」の所有物の意とある。家（カ）ということが、ここでは自分という意味をもっている。例えば家言（カゲン）ということが一個人の言説という意味であるなども、その一例である。かくのごとく、家（カ）は自分であるから、家財はすなわち自分の所有物という意味になります。

さてまた、その<span style="background:#FFE3E3">「自分の所有物」なるものは、「妻子財産等という」</span>とあるから、その場合の自分なる人間はいうまでもなく妻子財産を有する「男」である。<span style="background:#FFE3E3">「男」のみが、「家（カ）」として立つことができるし、「婦人や子供」は「家財」でしかない。</span>

家というものは私有財産を入れておく建物であり、また、他面、その所有者の存在を意味するものであることがわかりました。早くいえば、一人前の男は家という私有財産をもってなければならない。それをもっていることによってのみ一人前であるかないかが決定される。

朝鮮などでは独身の男はチョンガーといって軽蔑される。インドでも家を持たない男は男と認めないという風があると聞きますが、もちろん、この風は、日本にもある。

それは単なる「独身」を軽蔑するのではなく、「私有財産」のないこと軽蔑するのである。

妻子を私有財産として所有しているということは、男にとっての非常な誇りである。だから、男は、ともすれば、妻子を私有財産に取り扱いたがる。わが国などにもこんな男がたくさんいる。</blockquote>

<strong><span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:130%;">「『家庭を持つ』という言葉は、男しか使わないですよね。」</span></span></strong>
議論に参加した女の子が発した言葉ですが、確かにその通りです。そして<span style="color:#ff3300;">家庭を持たなければ、社会的に一人前と認められなかった</span>んですね。それが社会的共認となったため、男たちは必死になって家庭を持とうとしたのでしょう。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=26642">家庭とは何か？１９３０年、高群逸枝はかく語る。（２）</a>

<blockquote>家庭の庭の字を調べてみると、「庭とは庁と同義なり」とある。庁というのは、「政治をおこなう場所」であり、「罪人を検挙し、罪状を取り調べる役所」である。

いったい、政治、法律の起源をたずねると<span style="background:#FFE3E3">「罪あってしかるのち政治あり法律あり」</span>である。<span style="color:#ff3300;">政治や法律は、罪人がなくては成り立たない。</span>モーゼの法律なども、罪人のためにできたもので、人間を罪人と考える時に、はじめてすべての法律には意義がある。

死んだ高畠素之は、性悪説の主張者で、したがって国家主義者だった。この点、彼は正直であり、徹していた。<span style="background:#FFE3E3">人間を罪の子と見なし、悪人とみる見方の上にのみ、法律や政治、すなわち国家は、自己の存在を正当化して主張することができる。</span>

では、法律や政治は、何のために人間を罪人であるとしなければならないか。「それは法律や政治」自身が罪人のものだからだ。

「つまり、少数の罪人（物や人を財産として私有しようとしたり奴隷として虐使しようというような欲望を起こした少数の罪人）が、自己の欲望を遂げようとすると、そこには種々の叛逆がおこる。それを彼らは罪悪と称し、それらの叛逆人を罪人と見なして、そこで法律を作ったり、政治を行ったりするのである。だから、<span style="color:#ff3300;">政治や法律こそ罪悪そのものであるし、それは、少数の罪人によって作られたものである</span>」と本居宣長は言っている。

家庭の庭の字は庁の字と同じ意味の字、さてまた、その庁の字は「政治を行う場所」であり、「罪人を検挙し罪状を取り調べる役所」である意味の字である。

そうとすれば、家庭の庭の字は、<span style="background:#FFE3E3">私有財産として取り扱われている妻や子を罪人とみなし、ゆえにそれらを取り制え取り締まるための役所である</span>意味である。

家法とか、家憲とか、家道とかの文字は、すべて、家庭の庭、すなわち、家庭における罪人どもを取り調べ取り締まる役所から発布される法律であることを意味している。</blockquote>

妻や子は罪人、それを家長が取り締まる。それが家庭？？？

少なくとも、法律の起源が少数の罪人が前提になって作られているというのは実感できます。そして現在でも、個人の好き嫌いといった価値観念が勝手に罪人を生み出し、とんでもない法律が次々と作られているではないですか！

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=26643">家庭とは何か？１９３０年、高群逸枝はかく語る。（３）</a>

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/d10.jpg"><img alt="d10.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/d10-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a>
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<blockquote>みなさん。
文字からみた家庭は、たいがい、こういったもので、決して神聖な場所どころか、罪悪の巣窟であり、刑務所である。

「文字は一切の哲理だ」といい、「言葉は神なり」というが、まったく、文字に現れた家庭の真相は神のように正直で、実際的である。

もっとも、人間の住むところ、そこには常に、相互本能の変形としての、何らかの情緒がある。封建時代の君臣の間には君臣的な情緒があり、君は臣に対して慈、臣は君に対して忠であった。そのように、家庭にも「家庭情緒」があり、家主は家族に対して慈、家族は家主に対して忠であるべきとされる。

だが、私たちが、<span style="background:#FFE3E3">たとえばお芝居や小説や、たまに実際のそうした君臣の情や家庭間の愛をみて、「美しい」と感ずるのは、慈だとか、忠だとかの階級的道徳に対してではなく、その道徳の仮面のしたから曲りなりにも現れる「相互扶助本能」すなわち階級を超え、法律を絶した原始平等の相互愛の姿に対してである。</span>

<span style="background:#FFE3E3">ところが、ひとびとは、それをそうはみないで、仮面そのものを見て、直ちに君臣賛美、家庭賛美に走ることがある。</span>だが、その実そうした仮面は、真情を妨げることのみに役立つものでしかない。

その証拠には、芝居や小説にもあるような君臣の情や家庭の愛は、実際はごくまれであって、ある婦人雑誌が、知名の文士たちに「家庭に関する正直な感想」をもとめたところが、その九分七厘までが<span style="color:#ff3300;">「結婚は墓場で、家庭は牢獄だ」</span>と答えているが、そのまた妻君たちは、別の雑誌で、それらの文士たちが家庭にあって、いかに<span style="color:#ff3300;">冷酷で、野蛮人で、人非人</span>であるかを暴露している。

とにかく、多くの家庭がうまくいっていないことは事実で、徳川時代に書かれた「庭訓」とか、「女鑑」とかいう書物を読むと、「女は邪険で、陰険で、姦キツだ」と毒づいてある。古くからの家庭で、女がいかに持て余されていたかが分かる。つまり、女の「人間性」が家庭というものといかに衝突してきたか。

これまでの家庭主義者は「女よ家庭に従順であれ。そうしてこそ家庭悪はなくなるのだ」といってきたが、なくなるどころか、いつまでたっても、かえって多くなるばかり。

そこで、目覚めた婦人は「家庭をケトバス」ことが唯一最上の手段であることを知った。

家庭とは何か。元来それは豚小屋と刑務所を意味しているのではないか。</blockquote>

いかがでしたか？

家庭は豚小屋であり刑務所だ。。。とスゴイ言われようです。ここで紹介されているのは明治～昭和初期にかけてのインテリ階級の家庭の姿ですが、はたして現在の家庭はこんなんじゃない！と真っ向から反論できるでしょうか？

農村生活では、みんなの生産課題をみんなで共有し、村も家庭も一体となって生きてきたことに比べ、農村から都市に出たことで、生産課題が家の外にしかないとすれば、家庭とは私有物を蓄えて消費だけを貪り続けるしかない空間にならざるを得ないのは間違いないでしょう。現在の家庭がガタガタになった理由とも言えます。

そう考えれば、豚小屋であり刑務所だ。。。というのも納得できるのです。

今日はここまで。

次回は、社会の統合という視点で歴史を見てみたいと思います。お楽しみに！

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=5869">社会統合組織の史的総括　国家と教団</a>]]>
   </content>
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   <title>現行の『婚姻制度』～その中身と成り立ち（５）　村落共同体の規範について</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/03/001016.html" />
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   <published>2010-03-08T02:22:59Z</published>
   <updated>2010-03-11T10:19:51Z</updated>
   
   <summary>　 みなさん、こんにちは☆ 今回は「村落共同体の規範について」お送りします♪ 　 村落共同体の規範について :m062:  :m058:  ”村落共同体の規範”とは一体どのようなものなのでしょうか？ :roll:  現行の婚姻制度との関連を軸に進めていきたいと想います☆ :tikara:  「規範」は、集団の存続のために成員によって主体的に定められるルールであると思います。それに対して規範やルールと聞けば、反射的に自分にとってマイナスであるもの、他律的なもの（誰か自分と関係ない人がつくったもの、押し付けられるもの、縛り付けるもの）としてイメージしてしまう発想は、主体的な参加による集団形成の機会を奪われた奴隷の思考方法に他ならないと考えています。 では、詳しくみていく前に、いつものポチっと☆お願いします :P  :m036:        ...</summary>
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      <name>700551</name>
      
   </author>
         <category term="婚姻制度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[　
みなさん、こんにちは☆

今回は<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=3753">「村落共同体の規範について」</a>お送りします♪

　<a href="http://blog.katei-x.net/blog/okite.jpg"><img alt="okite.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/okite-thumb.jpg" width="350" height="250" /></a>


<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=3753">村落共同体の規範について</a> :m062:  :m058: 

<span style="color:#800080;">”村落共同体の規範”</span>とは一体どのようなものなのでしょうか？ :roll: 
現行の婚姻制度との関連を軸に進めていきたいと想います☆ :tikara: 

<blockquote>「規範」は、集団の存続のために成員によって主体的に定められるルールであると思います。それに対して規範やルールと聞けば、反射的に自分にとってマイナスであるもの、他律的なもの（誰か自分と関係ない人がつくったもの、押し付けられるもの、縛り付けるもの）としてイメージしてしまう発想は、主体的な参加による集団形成の機会を奪われた奴隷の思考方法に他ならないと考えています。</blockquote>

では、詳しくみていく前に、いつものポチっと☆お願いします :P  :m036: 
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      <![CDATA[規範というと、現代人はとかく「自分の行為を縛り付けるもの」と捉えがちですが、実際にはかなり異なる位相にあります。規範がなぜ、どのようにして作られたものなのか？を歴史に学んで行きましょう。

<blockquote>ちなみに村落共同体における規範は、一般的にはムラオキテとムラギメに分かれるそうです。

<span style="color:#ff3300;">ムラオキテ</span>というのは、継続的な公則の基本法にあたり、そうめったに変えられるものではなかったようです。
一方<span style="color:#6666ff;">ムラギメ</span>のほうは、具体的な執行法にあたるのですが、毎年の初参会で決められ、またムラの集会で状況に応じて随時変更されるものであったようです。（推測ですが夜這いについていえば、機構そのものの基本はムラオキテであり、具体的な規制等についてはムラギメにあたるのでしょう。）</blockquote>

同じ決めごとであっても、外圧状況の変化に応じてその具体的内容についてはかなり柔軟に対応していたようです。

<span style="color:#FFAE35;"><span style="font-size:130%;"><u>　ムラオキテ</u>＝<strong>普遍構造</strong></span>

<span style="color:#009933;"><span style="font-size:130%;"><u>　ムラギメ　</u>＝<strong>可変構造</strong></span></span></span>


これは、自然の摂理にかなった、<span style="color:#6666ff;">「安定と変異の両立」</span>とも言い換える事が出来ますね。

<blockquote>先人の知恵であり文化的な伝統でもあるムラオキテを継承しつつ、より具体的な事柄については、主体的な合議によるムラギメを併用していたと考えられます。
補足的に言えば、ムラにも階級や権力が全く存在していなかったわけではないでしょうが、若衆組や子ども組などの年齢別の階層組織の自主管理性が重んじられていたことなども考え合わせると、他律的な規制に従わされていたなどというのは誤った歴史認識だといえるでしょう。</blockquote>

<blockquote>またムラの規範や夜這いのルールは、それぞれのムラによってかなり多様であったようで、全く同じものはひとつとしてないとも言われていることから、私は近世の村落共同体というのは、自治性、独自性の高い共同体だったのではないかと考えています。</blockquote>

多様性というのも、各村々の置かれていた状況の差異から自然と育まれたものですね。
自主管理というと、「自分の事は自分で」と捉えるのは近代的価値観による自己正当化になってしまう。

本来の自主管理とは、<span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:130%;">「自分達の事を自分達で決めて守る」</span></span>事を意味する。つまり、誰もが主体的に組織管理を担う事によって初めて共同体が成立する、という事を意味しています。

<blockquote>そうした規範を何故遵守していたかということについて一言でいえば、集団の存続のためでしょう。おそらく当時のムラの成員のなかにも規範を疎ましく思う感情も一部存在していたとは思いますが、だからといって掟を反古にしてしまうことを正当化してしまっては、共同体は解体してしまうと分かっていたのでしょう。資本主義と国家による中央集権体制が導入される以前は労働市場も確立されていないわけですから、都市に流れて生活を営む余地もあまりなく、まして自由を謳歌することなど望めない時代であったことから、当時においては共同体が解体するということは、<span style="color:#FFAE35;">同時に個人も存在基盤を失うことを意味していた</span>のではないかと思います。</blockquote>

<blockquote>こうした時代状況を背景に村落共同体は成立していたと考えられるわけですが、集団の存続が第一義であるからには、「規範」が集団の存続にとって好ましくない個人の欲望に優先するのも当然であり、その掟にどうしても従えないというのであればムラを出ていかざるを得ないというのも至極当然のことだったのでしょう。</blockquote>

<blockquote>一般に歴史は不可逆であるので、現代人が昔に逆戻りすることはありえないわけですが、「規範」は自らが主体的に参加して守っていくものであるということは、もっと普遍的に捉えられるべきことなのではないでしょうか。</blockquote>

個人よりも集団が優先される。これをすぐに「全体主義だ！」等と短絡的に解釈する人がいますが、それは大きな間違いです。個人の存続基盤は、今も昔も集団の中にあります。人は集団動物であり、共認動物である、という事実が前提にあり、みんなが充足するにはどうする？という事に常に意識を向けていれば、そこには常にみんなの意見を尊重した自律的な集団が形成されます。

どうしても自分の好きにしたい、という人間だけは村八分になるのも当然ですが、「自分だけの充足」と「みんなと共に充足」する事のどちらがより深い充足に繋がるか？

少し考えれば、誰にでも理解できる事ですね :m102: ]]>
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   <title>教育の再生どうする？～生産活動の場での教育再生の取り組み事例：スーパー専門高校</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/03/001020.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2010:/blog//1.1020</id>
   
   <published>2010-03-06T09:51:54Z</published>
   <updated>2010-03-09T05:20:35Z</updated>
   
   <summary> みなさん、こんにちは :D  :m042:  生産活動の場での教育再生の取り組み事例　第二段 :wink:  前回は中学生を対象にしたキャリアスタートウィークを紹介してきましたが、 今回はより社会に近づいた形で取り組まれているスーパー専門高校の事例を紹介したいと思いま :m053: す :m043:   :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  そのまえに・・・ :m057: スーパー専門高校とは？？   先端的な技術等を取り入れた教育や伝統的な産業に関する学習を重点的に行うなど、特色ある取組を行う専門高校を「目指せスペシャリスト」として文部科学省が指定し、将来のスペシャリストの育成に係る教育の教育課程等の改善に資する研究開発を行っている高校のことをいいます :nihi:  平成20年度には、新たに12校が指定されているんです :shock:  :m034:  今回は中でも特に勢いのある相可高校の例をを取り上げて紹介したいと思います :m042:  ご協力おねがいしまーす！  :m039:    :m208:   :m039:   :m208:  ぽちっと二つおねがい :m071:  :m071:  :m071:  :m149:ありがとう :m148:  ...</summary>
   <author>
      <name>t--r</name>
      
   </author>
         <category term="教育の新潮流" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[ みなさん、こんにちは :D  :m042: 
生産活動の場での教育再生の取り組み事例　第二段 :wink: 

前回は中学生を対象にしたキャリアスタートウィークを紹介してきましたが、
今回はより社会に近づいた形で取り組まれている<span style="background:#C8FFFF">スーパー専門高校</span>の事例を紹介したいと思いま :m053: す :m043: 

 :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143:  :m143: 

そのまえに・・・

<span style="font-size:130%;">:m057:<span style="background:#C8FFFF"> スーパー専門高校とは？？</span></span>
 
先端的な技術等を取り入れた教育や伝統的な産業に関する学習を重点的に行うなど、<span style="background:#FFFFA4">特色ある取組を行う専門高校を「目指せスペシャリスト」として文部科学省が指定し、将来のスペシャリストの育成に係る教育の教育課程等の改善に資する研究開発を行っている高校</span>のことをいいます :nihi: 

平成20年度には、新たに12校が指定されているんです :shock:  :m034: 
今回は中でも特に勢いのある<span style="color:#ff3300;">相可高校</span>の例をを取り上げて紹介したいと思います :m042: 


ご協力おねがいしまーす！
 :m039: <a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a>   :m208: 
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ぽちっと二つおねがい :m071:  :m071:  :m071: 
:m149:<span style="color:#ff3300;">ありがとう</span> :m148: 
]]>
      <![CDATA[:m267: <span style="font-size:130%;"><span style="color:#FFAE35;">相可高校、スーパー専門高校認定までの道のり</span></span>
		
今でこそ、TV :m115:  :m033: で注目され、地域社会からも大きく期待 :m023: されて、たくさんの生徒が入学を希望 :m083:  :m027: している<span style="color:#ff3300;">相可高校</span>:m256:  :m037: 	
								
実はこの食物調理科ができるまでは、生徒募集に苦戦していたのです :m002:  :m002: 
一時は１学年５人しかいないまでに落ち込んでいたことも :m252:  :m252:  :m252: 

相可高校の食物調理科は1994年生徒不足に悩んでいた家政科に代わって、大阪の調理師養成学校にいた、三重県出身の村林さん :tikara: を招くことでスタートしました。	

当時、与えられた枠組みの中で接客やコスト管理を実戦で学べる場がなく :m002: 	なんとかならないかと町役場に掛け合っていたところ、町役場の岸川さんとの出会いがきっかけで、町のイベントに地場食材を使った料理を出してほしいとの依頼を受けたそうです :m030: 

当時岸川さんも、高校生がつくる料理ということもあり、お試し感覚での出店依頼だったのですが、出てきた料理は、どのお店にも負けないくらい本格的  :shock: :m033:  	

中でも、ふるさと村で販売していた多気町特産の伊勢いもを練りこんだうどん「とろろ麺」は大人気で、その場でこのうどんを食べてみたいとの要望が増えるほどまでになっていたそうです :m096:  :m096: 

<img alt="aaa002.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/aaa002.jpg" width="352" height="240" />
↑
これが噂のとろろ麺 :m021: 
								
こうした高校生の実力と、町おこしが結びつき、平成14年10月に調理実習施設として実現したのが :m177:<span style="color:#ff3300;">レストラン「まごの店」 </span>:m241: 		

そう、<span style="background:#FFFFA4">高校生たちが自らレストランをつくっちゃった</span>というわけなんです :m051: 

レストランの写真 :m175: ↓↓
<img alt="image1.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/image1.jpg" width="425" height="241" />

建設に当たっては県内の建築家を目指す高校生による設計コンペを行うなど、
<span style="background:#FFE3E3">高校生の夢を形にするという“ユニークな取り組み”としてすすめられました </span>:shock: 

そしてメニューの献立 :m241:も、朝の仕入れ :m270:  :m271: も経理もすべてみんなで力を合わせてこなしちゃってます :tikara:  
<img alt="menu4.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/menu4.jpg" width="190" height="136" />　　<img alt="menu1.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/menu1.jpg" width="190" height="136" />　　<img alt="menu3.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/menu3.jpg" width="190" height="136" />
こーんなに本格的な食材を使ったお食事なのに、お値段はリーズナブル！
1200円なり☆

もちろん、料理の腕前は<span style="background:#C8FFFF">数々のコンクールで受賞を重ねるほど </span>:m034: 


それだけでなく、
 :m020: <span style="background:#FFFFA4">自分たちで食材を仕入れることで、地元の食材に愛着がわいたり、地元の食材の魅力をしる事ができ、地元で働きたいという思いにつながる。</span>

 :m020: <span style="background:#FFFFA4">地元農家さんへの感謝の気持ちもわく</span> :love: 
							
 :m020: <span style="background:#FFFFA4">地元の農家さんたちは「孫」のような若者が頑張っている姿を見て、農業をすることへの励みができる</span>

:m020: <span style="background:#FFFFA4">評判を聞きつけた地元の人たちでまごの店が賑わい消費も活性化</span> :m096:  :m096: 

そしてなにより
:m020: <span style="background:#FFFFA4">地域が活性化</span> :m113:  :m113:  :m113: を実現することができました:D  :D  :D 						

						
～上記参考資料・画像もお借りしました :m194: ～
http://jr2uat.net/mago/mago.htm
http://blogs.yahoo.co.jp/senda3/48221794.html
http://www.ebussan.com/blog_detail/blog_id=101&id=297
http://blogs.yahoo.co.jp/senda3/48221794.html												

<span style="font-size:130%;">:m267:<span style="color:#FFAE35;"> なぜ、まごの店は成功したんでしょうか？？</span></span>	

中学生のキャリアスタートウィークと比較して考えてみると・・・
<span style="background:#FFE3E3">①「生徒が主役」、「みんな一緒に」ひとつの課題にとりくんでいること。	</span>
<span style="background:#FFE3E3">②学校の現実を否定せず、目の前の現実の中に可能性を探り、生徒を見下すことも無くおもねることもなく、他人に喜んでもらう料理を作ることが楽しいという共認を形成することに成功したこと</span></span>
<span style="background:#FFE3E3">③評価＝売上、集客力。評価軸がはっきりしていること。</span></span></span>
<span style="background:#FFE3E3">④地域の活性化につながっていること</span></span>
<span style="background:#FFE3E3">⑤既存の学校制度を受け入れつつ、学校内では学びきれないコストや集客といった課題を、地域のつながりや協力を得ることでクリアできたこと</span></span></span>
といった点が浮かび上がってきました。

そしてなにより、生徒たちの<span style="background:#FFFFA4"><strong>真剣なまなざし</strong></span>　と　この<span style="background:#FFFFA4"><strong>笑顔</strong></span> :love:  :love: 

<img alt="image5.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/image5.jpg" width="425" height="231" />　　<img alt="image6.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/image6.jpg" width="425" height="220" />

何事も実現するにあたって<strong><span style="background:#FFE3E3">既存の枠組みを受け入れつつ可能性探索していくことが必要！</span></strong>

相可学校以外にもいろんな取り組みをしているスーパー専門高校がありますが、
<strong>何か一つでも小さなことでもヒントとなる事例を蓄積していくことで、</strong>
<strong>社会を対象化した新しい教育制度へと変化していけたらいいな</strong>、と思いました:love: 

<a href="http://www.rui.jp" target="_blank"><img src="http://www.rui.jp/banner/image/ruinet_banner4.gif" border="0" alt="るいネット"></a>]]>
   </content>
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   <title>『家庭って何？』～市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/03/001017.html" />
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   <published>2010-03-04T13:38:53Z</published>
   <updated>2010-03-04T13:37:12Z</updated>
   
   <summary> みなさん、こんにちは。 前回の『家庭って何？』シリーズでは、　”消費”にスポットを当て、一体何にお金を使ったらいいの？そもそもお金とは？そしてお金が絶対的な指標となっている市場とは？というあたりを扱いました。 今回は、市場が縮小、限界を向かえた現在、国家も統合限界を迎えているという記事を紹介します。 国家が限界を迎えた状態で、家庭はどうなってしまうのでしょうか？どうすればいのでしょうか？ 応援よろしくお願いします   ...</summary>
   <author>
      <name>shushu</name>
      
   </author>
         <category term="家庭と市場" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E7%94%B7%E5%A5%B3%E3%81%AE%E9%A7%86%E3%81%91%E5%BC%95%E3%81%8D.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E7%94%B7%E5%A5%B3%E3%81%AE%E9%A7%86%E3%81%91%E5%BC%95%E3%81%8D.jpg" width="400" height="266" />


みなさん、こんにちは。
前回の『家庭って何？』シリーズでは、　”消費”にスポットを当て、一体何にお金を使ったらいいの？そもそもお金とは？そしてお金が絶対的な指標となっている市場とは？というあたりを扱いました。

今回は、市場が縮小、限界を向かえた現在、国家も統合限界を迎えているという記事を紹介します。
国家が限界を迎えた状態で、家庭はどうなってしまうのでしょうか？どうすればいのでしょうか？


応援よろしくお願いします
<a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a>
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      <![CDATA[<a href="http://www.rui.jp/">るいネット</a>からの引用です。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=31252">「市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある」</a>

<blockquote>市場は、社会を統合することが出来ないという決定的な統合限界を刻印されているだけではない。市場は、自分自身の内に絶対的な拡大限界をも孕んでいる。

<strong><span style="color:#ff3300;">市場は、生存圧力(実体的には貧困の圧力)に基づく私権闘争を圧力源＝活力源にしている。従って、市場活動によって物的な豊かさが実現すれば(＝貧困の圧力が消滅すれば)、必然的に市場は活力源を失って衰弱(＝縮小)してゆく。</span>　</strong>そして、むしろこの矛盾と限界こそ、市場の現実に差し迫った絶体絶命の限界である。
もし、国家(国債)による延命策がなければ、(バブル化もせず)市場はすんなり縮小過程に入った筈である。要するに、このまま市場を放置すれば市場は急速に縮小し、国家が延命策を施し続ければ国家が崩壊する。一体、どうすれば良いのか？


<img alt="dc50b30a.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/dc50b30a.jpg" width="472.4" height="253.6" />



もともと国家は、私権闘争を圧力源＝活力源とする、力の序列原理に貫かれたその統合体として形成された。しかし、生涯固定の身分制度の下では、私権拡大の可能性は封鎖されて終う。そこで、私権闘争の抜け道としての市場が形成され、繁殖してきた。そして今、その抜け道としての市場さえ活力を失って終った。
これは、明らかに私権闘争の終焉を意味する。そして、私権闘争が終焉したということは、私権闘争の止揚・統合体である国家の命運も、遂に尽きようとしているということに他ならない。実際、バブル期以降の国家の迷走ぶりは、すでに誰の目にも明らかである。

<strong><span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">カギは、新たな活力源⇒圧力源の創出にある。</span></span>　</strong>貧困が消滅した’70年以降の30年間がそうであったように、今後更にそれを上回るスピードで私権の強制圧力が急速に衰弱してゆく以上、もはや人類は、生存圧力を背景とする私権闘争を圧力源＝活力源として生きてゆくことは出来ない。
<strong><span style="color:#ff3300;">人類の命運は、次の新たな活力源⇒圧力源を自らの手で作り出せるか否かにかかっている。</span>　</strong>　　　
　</blockquote>


豊かになってしまうと、必死に生きていかなくてもなんとかなる
その結果、がんばろう！という活力が衰弱する

という<strong><span style="color:#ff3300;">必然構造</span>　</strong>があるのです。

では、このドン詰まり状態をどうやって抜け出せばいいかと言うと、
<strong><span style="color:#ff3300;">新たな活力源たる圧力源を自ら作り出す</span>　</strong>他にないと。

それには、まず共認充足を得られる場が必要で、かつ「個から集団」、「自分からみんなへ」の意識転換が必要です。

国家や企業と同様、家庭も統合限界を向かえ、バラバラ状態。活力が衰弱しています。
家庭は本来、教育機能を持っていましたが、いまやそれは完全に外注化（保育所や塾など）されています。密室空間となってしまった現在の家庭では様々な問題を孕んでいますが、その中でも、無圧力空であるというのが最大の問題です。では、どうすればいいのでしょうか。

例えば、こどもたちを小学校5年生くらいの年代から、すべて全寮制の学校に入れてしまうなどして、仲間空間に身を置かせ、周囲の仲間からの期待（共認圧力）がかかるようにすることです。そうすれば必然的にみんなの期待に応えよう、課題を突破しようという活力が沸いてくるはずです。

<img alt="%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC.jpg" width="400" height="276" />
<span style="font-size:70%;">（映画『ﾊﾘｰﾎﾟｯﾀｰ』ｼﾘｰｽﾞより）</span>



密室空間である家庭にいてはとても経験できません。
このような全人教育がこどもたちに必要だと思います。

 ]]>
   </content>
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   <title>教育の再生どうする？～生産活動の場での教育再生の取り組み事例：キャリア・スタート・ウィーク</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001018.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2010:/blog//1.1018</id>
   
   <published>2010-02-27T14:23:29Z</published>
   <updated>2010-02-27T17:47:29Z</updated>
   
   <summary>みなさんこんばんは :m208:  これまで、 集団の再生・自然体験を取り入れた教育の再生 をいくつか事例を挙げて紹介してきました :m005:    続いて、 生産活動の場での教育再生の取り組み事例 を２回にわたり紹介していきます :m146:  　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073:   :m091: 生産活動の場での教育再生への取り組みは、政府の政策としても行われています。  :m091: 学校では、4省府の関係閣僚（内閣官房、内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省）により取りまとめられた「若者の自立・挑戦プラン」を元に職業体験を実施している事例が多いようです。 「若者の自立・挑戦プラン」とは？ 児童生徒が「生きる力」を身に付け、社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟にかつ、たくましく対応し、社会人・職業人として自立していくことができるようにするキャリア教育が強く求められている。としてキャリア教育を行おうというものです。 画像はこちらからお借りしました :m029:   今回は、職業体験の事例を、「若者の自立・挑戦プラン」の中の文部科学省が推進する 「キャリア・スタート・ウィーク」  という、中学校を対象にしたプロジェクトを実施した事例をご紹介します :m024:    ...</summary>
   <author>
      <name>mame</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[みなさんこんばんは :m208: 

これまで、 <span style="background:#FFE3E3">集団の再生・自然体験を取り入れた教育の再生</span> をいくつか事例を挙げて紹介してきました :m005: 
 
続いて、 <span style="background:#FFFFA4">生産活動の場での教育再生の取り組み事例</span> を２回にわたり紹介していきます :m146: 

　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 


 :m091: 生産活動の場での教育再生への取り組みは、政府の政策としても行われています。

 :m091: 学校では、4省府の関係閣僚（内閣官房、内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省）により取りまとめられた「若者の自立・挑戦プラン」を元に職業体験を実施している事例が多いようです。

<blockquote><span style="color:#000080;"><strong><span style="font-size:130%;">「若者の自立・挑戦プラン」とは？</span></strong></span>

児童生徒が「生きる力」を身に付け、社会の激しい変化に流されることなく、それぞれが直面するであろう様々な課題に柔軟にかつ、たくましく対応し、社会人・職業人として自立していくことができるようにするキャリア教育が強く求められている。としてキャリア教育を行おうというものです。

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%80%8C%E8%8B%A5%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E3%83%BB%E6%8C%91%E6%88%A6%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%96%87%E9%83%A8%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9C%81%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.gif"><img alt="%E3%80%8C%E8%8B%A5%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E3%83%BB%E6%8C%91%E6%88%A6%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%96%87%E9%83%A8%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9C%81%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.gif" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%80%8C%E8%8B%A5%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E3%83%BB%E6%8C%91%E6%88%A6%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%96%87%E9%83%A8%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9C%81%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%81%BF%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6-thumb.gif" width="400" height="271" /></a>
画像は<a href="http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/wakamono/index_h17.htm">こちら</a>からお借りしました :m029:  
</blockquote>

今回は、職業体験の事例を、「若者の自立・挑戦プラン」の中の文部科学省が推進する <span style="color:#FFAE35;"><strong><span style="font-size:130%;">「キャリア・スタート・ウィーク」</span></strong></span>  という、中学校を対象にしたプロジェクトを実施した事例をご紹介します :m024: 


<a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a> 
<a href="http://baby.blogmura.com/in/073656.html" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 子育てブログへ" src="http://baby.blogmura.com/img/baby80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[<span style="background:#FFDBA4"><strong><span style="font-size:130%;"><span style="color:#6666ff;">「キャリア・スタート・ウィーク」</span></span></strong> ってなに？？</span>
 :m088: 中学校を対象に、子供たちの労働観・職業観を育てるため５日間以上の職場体験を行う学習活動です。　より詳しくは・・文部科学省：<a href="http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/026.htm">中学校職場体験ガイド</a>

 :m089: <span style="background:#FFE3E3">文部科学省</span>は、この取り組みに約2億3千万円（平成19年度）の予算を立て、実施する学校側と受け入れる企業側に対して、どのような目的を持ち、どんな体験をさせ、子供達にどんなことを学んで欲しいのか、課題の設定を行いっています。

 :m089: <span style="background:#FFE3E3">学校</span>は、生徒達の受け入れ先として

<strong>:m145: <span style="color:#ff3300;">サービス</span>
:m145: <span style="color:#000080;">行政・法規</span>
:m145: <span style="color:#FFAE35;">食品の製造・販売</span>
:m145: <span style="color:#6666ff;">医療・看護</span>
:m145: <span style="color:#009933;">農林・園芸</span>
:m145: <span style="color:#800080;">教育</span>　</strong>　　　　　　　　など

多様な分野から全60社程度の事業所を探し、文部科学省が提示する目的や課題を企業側に伝えた上で、生徒達の受け入れ先を決めます。

<span style="background:#FFDBA4"><strong><span style="font-size:130%;"><span style="color:#6666ff;">「キャリア・スタート・ウィーク」実施までの流れ</span></span></strong></span>
<a href="http://blog.katei-x.net/blog/career20%204.html" onclick="window.open('http://blog.katei-x.net/blog/career20%204.html','popup','width=1184,height=1321,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://blog.katei-x.net/blog/career20%204-thumb.jpg" width="350" height="439" alt="" /></a>
画像は<a href="http://www.shunan.ed.jp/shuyochu/">こちら</a>からお借りしました :m148: 

 :m089:<span style="background:#FFE3E3">生徒達</span>は、希望に応じて体験先の事業所が決定され（必ずしも第一希望とはならない）、受け入れ先の事業所で事業所側が組み立てたスケジュールにより５日間を過ごします。

　<strong>５日間</strong>という長さの中で、生徒達の心に葛藤が現れ
　　 <span style="font-size:130%;">:m197: 緊張の1日目</span>
　　 <span style="font-size:130%;">:m192: 仕事を覚える2日目</span>
　　 <span style="font-size:130%;">:m193: 慣れる3日目</span>
　　 <span style="font-size:130%;">:m199: 考える4日目</span>
　　 <span style="font-size:130%;">:m195: 達成・充足の5日目</span>
　と各事業所での作業体験に留まらない学習を経験してくるのです :m033: 

単に事業所で５日間の職業体験をするだけでなく、学校では、事前に生徒本人の目的、意欲を確認し、体験時の注意事項等の事前指導、体験後にレポートの作成と発表などを設けるなどもします。


<strong><span style="color:#6666ff;">実際に、中学２年生に対して職業体験「キャリア・スタート・ウィーク」を行った、周陽中学校（山口県周南市立／<a href="http://www.shunan.ed.jp/shuyochu/">HP</a>）の事例から、その成果を見てみましょう</span></strong>:m146: 
<blockquote>
<span style="font-size:130%;"><span style="background:#FFE3E3"><strong><span style="color:#000080;">体験した生徒たち :m149: の声</span></strong> </span> </span>
<span style="color:#CC6600;"> 「一番嬉しかったことは何ですか？」 </span>  
　・ 介護体験をしているとき、その人からいろいろな話を聞かせてもらったこと
　・ 誉められたり、出来なかったことができるよういなったり、<span style="color:#ff3300;">役に立てたこと</span>
　・ 仕事が終わったときに<span style="color:#ff3300;">「ありがとう」と言われたこと</span>

<span style="color:#CC6600;"> 「一番辛かったことは何ですか？」 </span> 
　・ 単純な作業をずっと繰り返し行わなければいけない仕事があった
　・ 次々に仕事が迫ってくること
　・ 失敗をしてしまった

<span style="color:#CC6600;"> 「職場体験をしてよかったことは何ですか？」 </span> 
　・ 親の苦労がわかった（親に感謝する気持ちがもてた）
　・ 終わったときに達成感があったこと。
　・ <span style="color:#ff3300;">人のために働けた</span>
　・ 仕事をやりとげた

<span style="color:#CC6600;"> 「職場の方の働く姿をみて、見習いたい点は何ですか？」 </span> 
　・ いつもお客さんのことを考えているところ
　・ 自分の仕事が済んでも他の人の手伝いをしたりするところ
　・ どうやったら早くできるか考えながら行動していたところ 

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%91.jpg"><img alt="%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%91.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%91-thumb.jpg" width="350" height="138" /></a>


<span style="font-size:130%;"><span style="background:#FFE3E3"><strong><span style="color:#000080;">受け入れた事業者 :m172: の声</span></strong></span></span> 
・ 社員が手本になろうと懸命に指導した
・ 若い笑顔があることで、職場が明るくなった
・ 前向きな姿勢の学生にはこちらも前向きになれるが、仕方なく体験学習にきている生徒はお断りしたい
・ <span style="color:#ff3300;">中途半端な受け入れはかえってマイナス</span>になると思った
・ 事前にプログラムの内容等を学校側と打ち合わせればよかったと思うし、改善点があれば学校側からフィードバックもほしい
	
<span style="font-size:130%;"><span style="background:#FFE3E3"><strong><span style="color:#000080;">生徒の保護者 :m232: の声</span></strong></span></span>
・ お金をもらうことの厳しさが少しでも実感できたことで、子どもにお金のありがたさをわかってもらえることができた。
・ 学生の立場から少し離れ、外で働く父親の立場、接客の立場などを体験でき、とてもためになる学習だった。社会に出ての厳しさを分かってくれた体験になった。
・ 事務所に行くのに交通機関を自分で考え、時間を調べるなど幅広い学習ができ、普段、学校で学習する以外の勉強ができた。
・ 草引きをしたり、洗い物をしたりで、その職業に関することは殆どさせてもらえなかったとのこと。忙しい中受け入れていただくのだが、少しはそれに関することを教えてもらったりさせてもらったりする経験があってもよかったのではと思う。

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%92.jpg"><img alt="%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%92.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%92-thumb.jpg" width="350" height="138" /></a>
</blockquote> 

また、他の中学校では、<span style="font-size:130%;"> <strong><span style="color:#FFAE35;">「こんな苦労があった」</span></strong></span>という
<span style="background:#FFE3E3"> <span style="font-size:130%;"><strong><span style="color:#000080;">先生たち:m173:の声</span></strong></span></span>もあります :m108: 
<blockquote> ＞うちの学校の中学２年生は、約１８０人。 
受け入れ先を考えるのが、まず一苦労なのである。 
職業体験というのは、職場見学なんかとは違って、１週間まるまるそれに費やして、家から「職場」に直接通い、「職場」から家に帰る生活を送るわけである。 
大きな企業なんかないに等しいので、受けいれてくれると言っても、２～３人がいいところではないかと思うが、２人一組だったら、９０カ所、３人一組だったとしても６０カ所もの受け入れ先を探さなきゃならない。 
出したら出したで、行かせっぱなしと言うわけにはいかないので、先生方で、職場を見回りに行かなければならない。 
先生方は人員不足で、今でも、担当教科は、複数学年を受け持っているので、学校を全く留守にするわけにもいかない。 
真面目に行かない子もいるだろうし、向こうで問題を起こす子も出てくるだろう 

＞それに、自分が将来なりたいとか、興味を持っている職場の体験ならばいざ知らず、頼み込んで、拝み倒して受けいれてくれるところ（多分、小規模小売業が大半になるだろうという話）に、一週間も通うのは、子供にとっても苦痛になるだろうし、受けいれる側だって、ハッキリ言って、そんな子供に来てもらっても、助けにはならず、迷惑を掛けるだけだと思うし、双方のメリットは何もないじゃないか、と

coconut moon　<a href="http://blog.goo.ne.jp/coconut_mn/e/2cdc761219419234c9a692b2cbcf00b1">１３歳の職業体験</a>　より
</blockquote> 
生徒 :m148: から先生 :m173: の声まで見てみましたが、<span style="font-size:130%;">みんな<strong><span style="color:#ff3300;">賛否両論</span></strong></span>のようです :m097: :m097: 
<strong><span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:130%;">上手くいっていない</span></span></strong> のはなぜか？を改めて考えてみると、次の様な問題点があるのではないでしょうか・・・


 :m131: <strong>たった５日間で成功体験を得る</strong>には、それなりの課題設定のための準備が企業側に求められるはず。<strong><span style="background:#C8FFFF">それが出来ているか否かで職業体験が生徒側の充足体験となるかどうか</span></strong>が決まってしまいます。 :-( 

 :m131:  しかし現実は、<strong><span style="background:#C8FFFF">学校側と事業者側で目的の統一がしっかりと共認されておらず</span></strong>、バラバラ感があります。その結果、生徒たちの職業体験としての成果にもばらつきが出てしまいました。 :cry: 

 :m131:  国の補助金が成果に伴った評価になっておらず、今のやり方は「ばらまき」でしかありません。<strong><span style="background:#FFE3E3">生徒達に、充足体験をさせることが出来た学校や事業所に対しての評価として補助金を出せば、みんながもっと活力を持って取り組めるのではないでしょうか！</span></strong> :wink:　


社会との繋がりが薄れてゆく現代の中で、<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;"><strong>子供達が直接社会と触れ合う機会</strong></span></span>は貴重です :m027: 

せっかく多額の予算を組み産官学で取り組でいる大きなプロジェクトなので、これからも産官学みんなで追求し成果を出していきたいですね！！ :D 

　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 　　 :m074: 　　 :m073: 

<span style="color:#CC6600;">次に、より社会人に近づいた<strong>高等学校</strong>ではどんな取り組みをしているのでしょうか</span> :m052: <span style="color:#CC6600;">次回は、そちらをご紹介します :m027:  </span>]]>
   </content>
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   <title>『家庭って何？』～市場は社会を統合する機能を持たない～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001015.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2010:/blog//1.1015</id>
   
   <published>2010-02-25T00:33:58Z</published>
   <updated>2010-02-27T13:08:41Z</updated>
   
   <summary>　皆さん、最近何か大きな買い物しましたか？最近改めて考えると、大きな買い物してないなーと思っている今日この頃です。 　とはいえやはり企業各社は家庭を対象にした様々な商品を日々開発して、市場に発表しています。 　これはやはり社会において家庭のひとつの役割として「消費者」というのがあるからなのですが、・・・あまり「消費」自体最近していないような？ 　おそらく「こんな社会も経済もどうなるか分からない時代に、おちおちと消費にうつつをぬかすなどどは・・・」というのが多くの人の感覚なのではないでしょうか。 　とすれば、「一体何にお金を使ったらいいの？」というのが切なる疑問。この疑問のヒントを得るためには、そもそもお金とは？そしてお金が絶対的な指標となっている市場とは？というあたりを明らかにする必要がある！ということで今回はるいネットの超国家・超市場論より、「市場は社会を統合する機能を持たない」を紹介したいと思います。 　続きを読む前に応援クリックよろしく。      ...</summary>
   <author>
      <name>daichi</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[　皆さん、最近何か大きな買い物しましたか？最近改めて考えると、大きな買い物してないなーと思っている今日この頃です。
　とはいえやはり企業各社は家庭を対象にした様々な商品を日々開発して、市場に発表しています。
　これはやはり社会において家庭のひとつの役割として「消費者」というのがあるからなのですが、・・・あまり「消費」自体最近していないような？

<img alt="%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9.jpg" width="320" height="256" />

　おそらく<span style="color:#6666ff;">「こんな社会も経済もどうなるか分からない時代に、おちおちと消費にうつつをぬかすなどどは・・・」</span>というのが多くの人の感覚なのではないでしょうか。

<img alt="%E6%A0%AA%E6%9A%B4%E8%90%BD.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%A0%AA%E6%9A%B4%E8%90%BD.jpg" width="320" height="228" />

　とすれば、「一体何にお金を使ったらいいの？」というのが切なる疑問。この疑問のヒントを得るためには、そもそもお金とは？そしてお金が絶対的な指標となっている市場とは？というあたりを明らかにする必要がある！ということで今回は<a href="http://www.rui.jp/">るいネット</a>の超国家・超市場論より<span style="color:#6666ff;">、「市場は社会を統合する機能を持たない」</span>を紹介したいと思います。

　続きを読む前に応援クリックよろしく。
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]]>
      <![CDATA[　それでは早速引用です。
<blockquote>
「身分」も「お金」も、評価指標として夫々の社会で固く共認されており、その共認圧力が夫々の社会での最大の圧力源＝活力源にもなっている。しかし、この両者には大きな違いがある。
その違いは、根本的には、身分を作り出す国家が闘争圧力に対応した「集団（統合）適応」の存在であるのに対して、お金を作り出す市場は闘争圧力からの抜け道としての「共生（取引）適応」の存在である点に由来している。
身分（という評価指標）は、肉体的に備わった統合原理である力の序列共認を下敷きにしており、それが上から下まで貫通する身分という観念に置換された事によって、社会全体を統合する機能を持ち得ている。
それに対してお金は、私的な交換の場での評価指標にすぎず、交換の行われる局部・局部では統合機能を持ち得ても、社会全体を統合する機能は持ち合わせていない。

「闘争（能力）適応」や「集団（統合）適応」なら、その最先端の闘争機能や統合機能は、闘争圧力に対応する最先端機能であるが故に、全体を収束⇒統合することが出来る。しかし、もともと市場は、「共生（取引）適応」の存在である。共生（取引）適応は、あくまでも闘争圧力からの抜け道に過ぎず、共生適応の最先端機能たる取引⇒お金では、（闘争圧力が消えて無くなった訳ではないので）闘争圧力に対応することが出来ない。つまり、共生（取引）適応はあくまで抜け道機能しか生み出さないのであって、それは闘争圧力に対する真の最先端機能ではない。従って、全体を収束⇒統合することはできない。
これが、市場が社会を統合する機能を持ち得ない、究極の理由である。

事実、市場は社会生活を営む上で不可欠の社会基盤（道路や港湾や上・下水道etc）さえ、決して自らの手で構築しようとはしなかった。それどころか、自ら（＝市場の拡大）が作り出した貧困（⇒福祉）や戦争さえ、その遂行と尻拭いの全てを国家に押し付てきた。そして自力で拡大することが出来なくなった今では、自分自身の拡大さえも国家（国債）に押し付け、国家(地方を含む)は700兆もの借金で首が廻らなくなって終った。
ここまで来れば、市場が国家の寄生物でしかないことは、誰の目にも明らかだろう。

要するに、市場はどこまでも私権闘争の抜け道でしかなく、従ってそれ自体では決して自立して存在できず、国家に寄生するしかない。だから、市場は、云わば国家というモチに生えたカビである。カビがどんどん繁殖すれば、やがてカビ同士がくっつく。世間では、それをグローバル化などと美化して、そこに何か新しい可能性があるかのように喧伝しているが、それも真っ赤な嘘であって、市場が国家の養分を吸い尽くせば、市場も国家も共倒れになるだけである。国債の暴落をはじめ、その可能性は充分にあると見るべきだろう。 </blockquote>

　ポイントはというと、やはり<span style="color:#ff3300;"><strong>市場と市場を評価指標であるお金は「共生（取引）適応」の存在であるがゆえに、私的な交換の場での統合機能は持ち合わせているものの、社会を統合する機能は持っていない</strong></span>ということですね。

　そして家庭もあくまで、そのお金を使って私的な充足価値にしかお金を使っていないというのが現状です。そしてそれが消費なのです。

　しかし一方で、みんなの中に「今、こんなに社会がガタガタなのに消費などしているときではない」という感覚があって、お金を使っていないのならば、お金の使い方を、<strong><span style="color:#ff3300;">「共生（取引）適応」の形から、「集団（統合）適応」の形に変えていかないといけない</span></strong>ということを意味しているのです。

　「じゃあ一体何に使えば、社会の役に立つの？」というのは当然の疑問ですが、まだまだその判断軸があやふやだという事も事実です。

　<span style="color:#ff3300;"><strong>更なる事実追求で、その判断軸をみんなで紡いでいくのが重要</strong></span>なのではないでしょうか？]]>
   </content>
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   <title>現行の『婚姻制度』～その中身と成り立ち（４）　夜這いの解体４</title>
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   <published>2010-02-20T04:56:01Z</published>
   <updated>2010-02-25T14:01:05Z</updated>
   
   <summary>　　　　 写真（左）は、ここから、（右）は　ここからお借りしました。 前回に引き続いて、“夜這いの解体と一夫一婦制の確立”を見ていきたいと思います。 昭和に入るとさらに、“夜這い婚”は解体されていきます。 夜這いの解体と一夫一婦制の確立４  より ＜昭和　農業用発動機の開発＞ 昭和になると、夜這いはほとんど姿を消し、家と家との見合い結婚へ急速に移行した。それには農業用発動機の開発で、臼摺り、脱穀などの調整作業が動力化され、少数の作業員を雇うだけで済むようになったことが、大きい影響を与えている。もはや若衆に協力してもらう必要はなくなったから、「夜遊び」の若衆たちを閉め出してしまった。 続きを読む前にポチ・ポチ応援お願いします。    ...</summary>
   <author>
      <name>sodan</name>
      
   </author>
         <category term="婚姻制度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%82%87%E3%81%86images.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%82%87%E3%81%86images.jpg" width="140" height="180" />　　　　<img alt="003%E3%81%8A%E8%A6%8B%E5%90%88%E3%81%84%E5%86%99%E7%9C%9F.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/003%E3%81%8A%E8%A6%8B%E5%90%88%E3%81%84%E5%86%99%E7%9C%9F.jpg" width="240" height="180" />

写真（左）は、<a href="http://images.google.com/images?q=%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%82%87%E3%81%86%E3%80%80%E5%86%99%E7%9C%9F&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7ADBR_ja&um=1&ie=UTF-8&ei=PXR_S-PgE4vU7APut6DHBg&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CBkQsAQwAA">ここ</a>から、（右）は　<a href="http://www.zerograffix.com/010photogr/003.html">ここ</a>からお借りしました。

前回に引き続いて、“夜這いの解体と一夫一婦制の確立”を見ていきたいと思います。
昭和に入るとさらに、“夜這い婚”は解体されていきます。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=2876">夜這いの解体と一夫一婦制の確立４</a>  より
<blockquote><span style="color:#6666ff;">＜昭和　農業用発動機の開発＞
昭和になると、夜這いはほとんど姿を消し、家と家との見合い結婚へ急速に移行した。それには農業用発動機の開発で、臼摺り、脱穀などの調整作業が動力化され、少数の作業員を雇うだけで済むようになったことが、大きい影響を与えている。もはや若衆に協力してもらう必要はなくなったから、「夜遊び」の若衆たちを閉め出してしまった。</span></blockquote>

続きを読む前にポチ・ポチ応援お願いします。
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      <![CDATA[<img alt="%E8%80%95%E8%80%98%E6%A9%9Fhuku-0e.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E8%80%95%E8%80%98%E6%A9%9Fhuku-0e.jpg" width="180" height="130" />
写真は　<a href="http://www.afftis.or.jp/nouki/ki3j05a.htm">ここ</a>　からお借りしました。

<span style="background:#FFFFA4">機械の導入は、大きく二つの意味合いを持ちます。
１、村落共同体の解体⇔私権の追及
２、格差の形成・格差の拡大</span>
戦後の農地解放からも解かる様に富の集中＝大地主が出来上がっていたことが読みとれます。
機械を導入しない昔ながらの農業は多くの人手がかかる一方で、共同作業を通じて村の決まりごとや、ともに生産活動を担うための役割や評価（→充足）が出来上がっていった。

機械を導入することによって、人手を減らすことができるが、共同体的繋がりは薄くなりバラバラに解体されていった。みんなの充足の為の“規範”よりも私権獲得へ向かうようになる。

生産活動を共に行なうのではなく、持つ物＝地主と持たざる物＝小作との格差を広げていった。

市場の拡大という視点で見ると、村落共同体では、自給自足の生活が可能であり、それでは、売上＝税を徴収しにくくなる。又は資本家（金貸し）が儲からない。国家としては、戦費が賄えなくなることを意味する。

明治半ばから第二次世界大戦まで、ほぼ10年おきに戦争が勃発（参照：<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/07/000578.html">リンク</a>）していたことを考えると、膨大な戦費が必要であり、国家体制としても、村々でどうする？というよりも、“国家としてどうする？”という外圧がかかっていたと考えられます。

<blockquote><span style="color:#6666ff;">＜戦後　農地改革、その後の経済構造の発展＞
戦後の農地改革、その後の経済構造の発展で、昔の村落共同体は完全に解体され、夜這いその他の民俗も廃絶されるか、著しく変形して残るものもあったが、ほぼ夜這い民俗の伝統は終わったとみてよいだろう。</span></blockquote>
夜這い婚が衰退する状況を前回、前々回で見てきましたが、一方で一夫一婦制が法的に導入され弾圧され続けたにも関らず、一部戦後まで“夜這い婚”が残り続けたということは、<span style="background:#FFE3E3">充足できる“場”であり、システム</span>だったのだと思います。

現代では、恋愛婚が、当たり前。　<span style="color:#ff3300;">「見合い結婚なんて古臭い！そこまでして結婚する必要あるの？」　</span>と言う声を一部で聞くことがありますが、恋愛婚が見合婚の割合を上回ったのは、戦後、20年以上も経ってからの1970代に入る前であり、<span style="background:#FFFFA4"><span style="background:#FFE3E3">明治に“恋愛観念”が導入されたにも関らず、殆ど根付かなかった。</span></span>
戦後の農地改革
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=216626">私有権ではなく使用権だった！</a>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=196142">農協の実体①～農業協同組合の誕生～</a>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=196146">農協の実体②～経営悪化を政府救済でしのいだ組織の宿命～</a>

<blockquote><span style="color:#6666ff;">＜これまでの民俗学の態度＞
明治政府の「家父長」制的家族の創出は、古いムラ共同体の慣行を破壊し、全国的に婚姻様式を統一しようとするものであった。しかも、それは有産層、有識層の利益を保護するためのものであったから、その強行に対してムラの若衆仲間、娘仲間が反抗し、かれらの息子、娘たちに報復したのは必然であったといえる。問題は、そうした反抗運動を、ただ犯罪的現象であるからとして、結婚民俗から切離していた、これまでの民俗学の態度であろう。支配権力の都合がよい、それに迎合した婚姻習俗だけを、ムラの生活から切離して採取したところで、どうして生きている民俗を記録できるものか。</span></blockquote>

国家統制・統合するに当たって、村落共同体の繋がりは、邪魔でしかなかった。まず、ここにメスを入れるために、<span style="color:#ff3300;">村落共同体をバラバラに解体し、家を単位に明治政府（天皇）を中心とした国家体制を作りあげようとしていた。</span>
国家体制＝一部の特権階級の都合のいい体制でしかなかったのではないだろうか。

核家族による密室家庭の諸々の問題や、現代の結婚制度に対する違和感など、
大きくは、村落“共同体”の解体＝バラバラな“個人”に解体されてしまったことに起因するのではないかと言うことが導き出されます。と言うことは、<span style="background:#FFDBA4">地域であれ、企業であれ何らかの“共同体”の再生なくしては、ますます行き詰まりをみせるだけではないでしょうか</span>？

次回は、根本問題である<span style="color:#800080;">『村落共同体の解体』</span>を見ていきたいと思います。



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   </content>
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   <title>集団の再生どうする？～再生への取り組み事例：幼老複合施設～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001014.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2010:/blog//1.1014</id>
   
   <published>2010-02-19T17:03:48Z</published>
   <updated>2010-02-22T17:45:57Z</updated>
   
   <summary> こちらよりお借りしました みなさんこんにちは。 集団の解体やそれに伴う遊びの衰退が進行した現代、それらの再生の可能性としてこれまで「大地の学校」「森のようちえん」「田んぼの学校」と様々な取り組み事例を紹介してきました。 今回は集団の再生への取り組み事例として保育園と老人ホームを複合させた「幼老複合施設」をご紹介します！ ・・・の前に、いつものポチッお願いします！  ...</summary>
   <author>
      <name>tibatosi</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="0.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/0.jpg" width="274" height="180" />
<span style="font-size:70%;"><a href="http://www.kotoen.or.jp/yogo/kihon.htm">こちら</a>よりお借りしました</span>

みなさんこんにちは。


集団の解体やそれに伴う遊びの衰退が進行した現代、それらの再生の可能性としてこれまで<a href="mailto:http://blog.katei-x.net/blog/2010/01/001003.html">「大地の学校」</a><a href="mailto:http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001009.html#more">「森のようちえん」</a><a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001011.html#more">「田んぼの学校」</a>と様々な取り組み事例を紹介してきました。

今回は集団の再生への取り組み事例として保育園と老人ホームを複合させた<strong><span style="color:#6666ff;">「幼老複合施設」</span></strong>をご紹介します！


・・・の前に、いつものポチッお願いします！

<a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a>
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      <![CDATA[  :wink: ありがとうございます :love: 

<blockquote><a href="http://www.kotoen.or.jp/"><span style="color:#6666ff;"><strong><span style="font-size:130%;">◎幼老複合施設『江東園』</span></strong></span></a>
<strong>　「おじいちゃん、おばあちゃん、げんきですかぁー！」</strong>園庭に元気いっぱい、可愛らしい声が響き渡ります。
その声に負けじと<strong>、「元気ですよぉーー！！」</strong>お年寄りの大きな声がかえってきます。ここ江東園で、毎朝繰り広げられる光景です。
　江東園の1日は、お年寄りと園児たちのラジオ体操から始まります。
ラジオ体操が終わると、子どもたちは一斉にお年寄りのところに駆け寄り、思い思いに抱きついたり話しかけたり、なかにはだっこをせがむ子もいます。お年寄りも子どもたちもとても楽しそうです。
<span style="color:#ff3300;">ここ江東園では、毎朝の体操から始まり、子どもたちがお年寄りの部屋に遊びにいったり、施設のあちこちで、お年寄りにだっこしてもらう子の姿や、絵本を広げている姿を目にします。子どもたちの行動範囲は全館といいますから、まさに「一緒に暮らしている」といえます</span>
<a href="http://care-comi.com/hanashi/zenkoku/groups/groups13.htm">こちら</a>より引用。</blockquote>

<blockquote><a href="http://www.kuwana.ne.jp/wellness/g-home/index.html"><span style="font-size:130%;"><span style="color:#6666ff;">◎『ひかりの里』</span></span></a><a href="http://www.kuwana.ne.jp/wellness/yado/index.html"><span style="font-size:130%;"><span style="color:#6666ff;">『くわなの宿』</span></span></a>

　病院のそばには、多湖さんが経営するグループホーム「ひかりの里」があります。グループホームとは、痴ほうの人が小規模で暮らす施設。それぞれが個室を持っています。痴ほうの人にとって、環境が急激に変わることは病気の進行を早める危険性があると言われています。しかしここでは料理を手伝ったり、趣味に打ち込んだりしながら、自宅と同じような落ち着いた環境で暮らすことができます。

　このグループホームのユニークなところは、<span style="color:#ff3300;">同じ建物の中に放課後の小学生を預かる学童保育所があることです。もともと多湖さんは学童保育所を先に運営していました。ところが子どもたちややんちゃで、保育士の言うことはなかなか聞かず、いじめも起きるありさま。そこで思いついたのが、子どもたちのしつけに痴ほうのお年寄りの力を借りることでした。</span>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=198985">こちら</a>より引用。</blockquote>


このユニークな取り組みは、実は様々な良い効果をもたらしているんです！ :m034: 

<blockquote>お年寄りと日常的に触れ合ううちに、子どもたちに変化が見られました。<span style="color:#ff3300;">

<img alt="%E5%AE%BF%E9%A1%8C.JPG" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%AE%BF%E9%A1%8C.JPG" width="320" height="240" />
<span style="font-size:50%;"><a href="http://www.kuwana.ne.jp/wellness/yado/index.html">こちら</a>よりお借りしました。</span>

保育士が注意しても聞かない子どもたちが、お年寄りがしかると従うのです。</span>お年寄りが本気でしかり、本気で褒めることで、子どもたちが素直になるのではないかと多湖さんは考えています。
 さらに、<span style="color:#ff3300;">食事などをいっしょに作るうちに、子どもたちがお年寄りに尊敬の気持を抱くようになりました。</span>お年寄りの料理の知恵に、子どもたちも関心しきりです。
お年寄り：「ご飯にも酢が入っとるから、酢水でこうやると、このおはしもきれいに取れるようになるの。」
子どもたち：「うわー、本当だ。」
 子どもたちの変化以上に多湖さんを驚かせたのが、痴ほうのお年寄りたちの変化でした。子どもといると生き生きとして、はいかいの癖がなくなる人もいました。失禁を繰り返していたお年寄りが、子どもたちの前ではきちんとトイレに行く光景も見られました。
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=198985">こちら</a>より引用。


　お年寄りは子どもたちに、時には「お行儀が悪いよ」「残さないで食べなさい」など注意もします。それを子どもたちは素直に受け入れます。
　暴れて遊んでいる子どもも、車イスや松葉杖のそばでは静かに通るというように、思いやりが自然に身についている、ともいいます。
　お年寄りと一緒に暮らしていると、時には亡くなることもあります。そのときは<span style="color:#ff3300;">子どもたちに自然な形できちっと話をして最後のお別れをしてもらいます。「死」というテーマも自然な形で受け入れてもらおうとしています。</span>
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=197767">こちら</a>より引用。</blockquote>

このように、幼老複合施設で生活することでお年寄りも子供も良い影響を与え合っています。<span style="color:#6666ff;">幅広い年齢層の人々がお互いに接するという姿は<strong>本来の集団</strong>に近い姿ですね。</span>
しかし、良いことづくめに見えるこの幼老複合施設ですが、<strong>まだまだ普及しているとはいいがたい状況</strong>にあります。それはどうしてでしょうか？

既存の幼老複合施設はあくまでも主が老人ホームであり、その補完作用を狙って保育園を一緒にしているものが殆どのようです。しかしそれでは子供たちへの効果という意味では不十分にならざるを得ません。
そこでどうしたらもっとうまくいくか考えてみました :m005: 

ズバリ<strong<span style="color:#FFAE35;"><span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">”定年退職直後のお年寄りも参加する”</span></span></span></strong>っていうのはどうでしょうか！
定年直後と言えばまだまだ身体的にも元気で、何か人に貢献したくてウズウズしている人は多いはずです。そこで定年直後の元気なお年よりも一緒にすれば、子供たちは様々な遊びや知恵をより多く教わることが出来ます。

<span style="color:#FFAE35;"><span style="font-size:130%;">子供（幼年）-施設スタッフ（中高年）-定年直後（高年）-老人ホームのお年寄り（老年）と、これまで以上に幅広い多様な人々が集うことで、本来の集団により近づけるのではないでしょうか</span></span> :m034:  :m033: ]]>
   </content>
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   <title>『家庭ってなに？～何をするにもお金がかかる社会～』</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001012.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2010:/blog//1.1012</id>
   
   <published>2010-02-18T14:34:20Z</published>
   <updated>2010-02-20T13:15:32Z</updated>
   
   <summary> 一等地で大きくて快適な家 :m013: に住んだり、珍しい食材 :m141: を食べたり、綺麗に着飾る :m262: のに、お金がかかるのと同じように、 何か病気 :m181: になっても、教育を受ける :m256: にも、食事をする :m177: にも、話をする :m048: にも、お金が必要不可欠になったことは、決して“当たり前”のことではないようです :roll:  「なぜ、何をするにもお金がかかる社会になったのか？」についての記事をるいネットより紹介いたします :nihi:  ...</summary>
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      <name>nakamenta</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="%E4%BD%95%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%8A%E9%87%91.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E4%BD%95%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%8A%E9%87%91.jpg" width="290" height="217" />

一等地で大きくて快適な家 :m013: に住んだり、珍しい食材 :m141: を食べたり、綺麗に着飾る :m262: のに、お金がかかるのと同じように、
何か病気 :m181: になっても、教育を受ける :m256: にも、食事をする :m177: にも、話をする :m048: にも、お金が必要不可欠になったことは、決して“当たり前”のことではないようです :roll: 

「なぜ、何をするにもお金がかかる社会になったのか？」についての記事をるいネットより紹介いたします :nihi: 


]]>
      <![CDATA[<blockquote><strong>超国家・超市場論１０　何をするにもお金がかかる社会</strong>

市場時代を通じて、市場を拡大させた主動因は、私権の強制圧力による抑圧からの解脱としての、快美幻想への可能性収束＝快適さや便利さの希求である。
逆に云えば、人々が私権の強制圧力からの解脱手段としての快適で便利な快美生活を手放せないことが、何をするにもお金がかかる社会が出来上がった原因である（そしてそれこそ、人々が精神を破壊し、環境を破壊して止まない原因でもある）。

<img alt="%E5%88%A9%E4%BE%BF%E6%80%A7%EF%BC%88%E5%AE%B6%E9%9B%BB%EF%BC%89.png" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%88%A9%E4%BE%BF%E6%80%A7%EF%BC%88%E5%AE%B6%E9%9B%BB%EF%BC%89.png" width="217" height="221" />


このように、市場拡大の原理的なテコとなっているのが価格格差の幻想共認だとすれば、具体的なテコとなったのは交換手段とりわけ交換取引の評価指標としてのお金の共認である。
もし、万人に共認された評価指標があれば、交換取引の成立機会は飛躍的に増大する。実際、交換の為には指標が必要⇒交換効率を上げるには普遍指標が必要という流れで、万人に共認された評価指標（＝お金）が確立されたことによって、市場は飛躍的に拡大していった。


<img alt="%E5%B9%BB%E6%83%B3%E4%BE%A1%E5%80%A4.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%B9%BB%E6%83%B3%E4%BE%A1%E5%80%A4.jpg" width="267" height="200" /><img alt="%E5%AE%9F%E8%B3%AA%E4%BE%A1%E5%80%A4.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%AE%9F%E8%B3%AA%E4%BE%A1%E5%80%A4.jpg" width="280" height="210" />

そして、いったんお金が万人の共認する最先端価値＝評価指標となってしまうと、（国家によって施される場合を除いて）芸能であれ、情報であれ、全てはお金と引き換える事の出来る形に商品化しなければ供給できなくなり（∵メシが喰えない）、国家の施しの元を成す税も、お金で徴収される様になる。


ところが、市場（交換取引）は私権闘争を原動力としており、従って、お金が万人の評価指標として社会的に共認されたものであるにも拘わらず、それは専ら私的な充足の為にのみ使われ、社会統合の為には（国家以外）使われない。従って、市場は社会統合には、殆ど寄与しない。（そこで、もし人々が、私的な充足の為だけではなく、社会統合の為に、例えば『認識形成の場』にお金を使う様になれば、大変面白いことになる。近く、それを提起したい。）  </blockquote>

<img alt="%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%B5%B1%E5%90%88%EF%BC%88%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E5%B1%8B%EF%BC%89.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%B5%B1%E5%90%88%EF%BC%88%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E5%B1%8B%EF%BC%89.jpg" width="250" height="166" />

 :m268:  :m268:  :m268:  :m268:  :m268:  :m268:  :m268:  :m268:  :m268:  :m268: 

今回の注目ポイントは２つ！

●お金がみんなの認める評価指標になれば、全ての供給はお金と交換できる形になり、お金を１円でも多く獲得する方へと向かっていく。
その私権闘争の果てが、すでに顕在化した精神・環境破壊 :m252: 。

⇒一方で、お金に縛られた日々の生活や手放せないと思っていた快美生活に、「必要あるの :m108: ？」と疑問視する意識も高まっている :m116: 。

●市場（交換取引）は私権闘争を原動力としているので、獲得したお金は、専ら自分たちのためにだけ使われ、「社会をどうするのか？」という社会統合に使われることはない。また、払っている税金も「強制的に取られている」という意識の方が強く、その税金に当事者としての意志は全くない :m068: 。

⇒一方で、「行き詰まっている！」という焦りや「社会のことを知りたい」という危機感から社会系の本やブログなどの情報媒体への注目度は高まりつつあるし、自主的に勉強会へ参加するなど場を求めている人も増えている :m034: 。


自分のためのより便利・快適も、人よりいい生活も、そんなに求めていないし、それどころではないし、もっと大切なもの（＝社会・みんな）があるのでは？という意識は強まっており、
また、沢山の情報や商品があるあるからこそ、何を評価する(される)のか？何にお金を払う(われる)のか？という意識も高まっている。

つまり、社会＝みんなへの注目・関心がこのまま高まっていくにつれて、“社会”のためにお金を使う人が増えていくということ :m208: 
お金は「自分たちのために」から、「社会のために」へ変化しつつあるのだと思います :P ]]>
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   <title>遊びの再生＝学びの再生　～田んぼの学校～</title>
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   <published>2010-02-13T07:45:26Z</published>
   <updated>2010-02-13T15:32:58Z</updated>
   
   <summary>みなさん、こんにちは～ :m106:  この間、 :m161: 子どもの遊び :m162: について追求してきました :m174: :m135:    :m148: 子どもにとって、「遊び」は最大の学習課題  :m148: “遊び”の再生　～「遊び」と「学習」「生産」が分断してるのなんで？～  :m148: 従来の“遊び”が機能発達には欠かせない！ 私たちは、幼少期の遊びによって、生きる力を学び取っていきます :m208:  全身の機能を発達させる外遊び :m005: 、 仲間との共認充足を得る術を学ぶ集団遊び :m101: 、 決まった枠にとらわれず自由に発想する力を育む自然遊び :m147: 、 それらの遊びが、今や失われつつあります :cry:  そこで、 :m033: 新しい可能性 :m034: として前回・前々回と、 :m281: 集団の再生どうする？ :m117: 大地の学校 :m178:  :m282: 教育の再生どうする？ :m117: 森のようちえん :m267:  を紹介してきました :m030:  今回は、その第 :m123: 弾として、  :m146:田んぼの学校 :m147: という取り組みを紹介します :love:  画像は、コチラからお借りしました :m044:        ...</summary>
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      <name>member</name>
      
   </author>
         <category term="教育の新潮流" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[みなさん、こんにちは～ :m106: 

この間、 :m161: <span style="color:#009933;"><strong>子どもの遊び</strong></span> :m162: について追求してきました :m174: :m135:  
 :m148: <a href="http://blog.katei-x.net/blog/2009/11/000969.html">子どもにとって、「遊び」は最大の学習課題</a>
 :m148: <a href="http://blog.katei-x.net/blog/2009/11/000977.html">“遊び”の再生　～「遊び」と「学習」「生産」が分断してるのなんで？～</a>
 :m148: <a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/01/000997.html">従来の“遊び”が機能発達には欠かせない！</a>

私たちは、幼少期の遊びによって、生きる力を学び取っていきます :m208: 
<span style="background:#FFE3E3">全身の機能を発達させる外遊び :m005: </span>、
<span style="background:#FFFFA4">仲間との共認充足を得る術を学ぶ集団遊び :m101:</span> 、
<span style="background:#C8FFFF">決まった枠にとらわれず自由に発想する力を育む自然遊び :m147:</span> 、
それらの遊びが、今や失われつつあります :cry: 

そこで、 <span style="background:#FFFFA4">:m033: 新しい可能性 :m034:</span> として前回・前々回と、
:m281:<span style="color:#000080;"><strong> 集団の再生どうする？</strong></span> :m117:<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/01/001003.html"> 大地の学校</a> :m178: 
:m282: <strong><span style="color:#000080;">教育の再生どうする？</span></strong> :m117: <a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001009.html">森のようちえん</a> :m267: 
を紹介してきました :m030: 

今回は、その第 :m123: 弾として、 
:m146:<strong><span style="color:#009933;"><span style="font-size:130%;">田んぼの学校</span></span></strong> :m147: という取り組みを紹介します :love: 
<img alt="129-2.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/129-2.jpg" width="200" height="149" />
画像は、<a href="http://www.ukedogawa.jp/index.php?e=16">コチラ</a>からお借りしました :m044: 


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      <![CDATA[ :m221: <strong><span style="color:#009933;"><span style="font-size:130%;">田んぼの学校とは・・？？</span></span></strong>

 <span style="background:#FFFFA4">:m161: <strong>「田んぼの学校」提唱の経緯</strong> :m162: </span>
平成10年度、国土庁、文部省（いずれも名称は当時）、農林水産省の3省庁合同の調査（「国土・環境保全に資する教育の効果を高めるためのモデル調査」）において、各界有識者による研究会が農村環境整備センターに設置され、水田などを積極的に活用した環境教育「田んぼの学校」が提唱されました。 

<span style="background:#FFFFA4">  :m161:<strong> 「田んぼの学校」概要 </strong>:m162: </span>　
「田んぼの学校」とは、古くから農業の営みの中で形づくられてきた水田や水路、ため池、里山などを、遊びと学びの場として活用する環境教育の総称です。
　「田んぼの学校」は「環境に対する豊かな感性と見識を持つ人を育てること」、「自然と人との共生、都市と農村への共生の途（みち）をさぐること」をねらいとしています。 

 :m120: 「田んぼの学校」は、「水田や水路、ため池、里山などを、遊びと学びの場として活用する環境教育」という趣旨に鑑み、任意の主体がそれぞれの発意で独自に活動するものです。 

<span style="background:#FFFFA4"><strong> :m161: 活動内容 :m162: </strong></span>
<blockquote><strong><span style="color:#000080;">●活動形態</span></strong>
<span style="color:#6666ff;">ア．学校活動型</span>
　学校の授業の一環として取り組むもの。学校側が企画・立案・運営するパターンと、学校とは別の組織が主催し、学校単位で参加するパターンがある。学校側がイニシアティブをとる場合でも、活動フィールドの確保はもちろん、田んぼ仕事や地域の生態系などについての指導や説明は、農家や専門家の協力（ゲストティーチャー、サポートスタッフ）を得て実施されており、地域との連携は不可欠。

<span style="color:#6666ff;">イ．地域内交流型</span>
地域の親子などが自由に参加できる活動。主催者側も地域の有志であることが多い。子供会、老人会、公民館活動などもこれに含む。同じ地域の農家と非農家の交流も促進されている。

<span style="color:#6666ff;">ウ．サークル活動型</span>
会員制、塾生制などで決まったメンバーが参加するもの。主催者が参加者を迎えるというスタイルだけではなく、グループ自体の活動としてメンバーのみで取り組んでいる場合もある。アの学校活動型と同じく、指導者として農家や専門家の活動を得て実施されている場合が多い。

<span style="color:#6666ff;">エ．都市農村交流型</span>
都市側の博物館や生活協同組合などが間に入って参加者を募るケースと、農村の活動グループが都市に向けて積極的に情報発信し、独自に参加者を募るケースが見られる。後者の場合はＰＲ力が非常に重要。 
<img alt="zu03.gif" src="http://blog.katei-x.net/blog/zu03.gif" width="450" height="180" />

<strong><span style="color:#000080;">●活動内容</span></strong>
<span style="color:#6666ff;">ア．農業を体験する</span>
<span style="background:#C8FFFF">・　イベントタイプ</span>
　田植え、稲刈り、餅つきなどをイベント的に実施するもの。農村に足を運び、田んぼに足を入れる機会を提供するプログラムとしてもっともスタンダード。

<span style="background:#C8FFFF">・　プロセスタイプ</span>　
田おこし、代かき、草取りや脱穀、加工等のプロセスまで体験し、米づくりの作業そのものを深めていくもの。無農薬農業や有機農業への取り組みとかかわっているものが多い。実施回数が多くなるので、交流が密になる。

<span style="color:#6666ff;">イ．自然とのふれあい</span>
<span style="background:#C8FFFF">・　観察・学習・あそびタイプ</span>
　観察会や生きもの調べなどの理科学習的なもの、ネイチャーゲームやクラフト等の遊び、また、ため池さらえにあわせた魚捕りなど。
<span style="background:#C8FFFF">・　保全活動タイプ</span>　
地域の自然環境を把握するための調査や、生きものの救出、棚田の復元、里山の手入れなど。活動は、継続性が高い。専門家や当事者だけでなく、地域の人や子どもたち、都市住民が一緒になって行うことも多い。

<span style="color:#6666ff;">ウ．地域を学ぶ</span>
<span style="background:#C8FFFF">・　くらし・伝統文化体験タイプ</span>　
郷土料理など地域のくらしや、紙漉、ワラ綯い、炭焼き、地域に伝わる漁法などの伝統技能を体験するもの。特に地元の年配の方が指導者として活躍。農家でのくらし体験は宿泊型プログラムが多い。
<span style="background:#C8FFFF">・　地域学習タイプ</span>　
集落点検やワークショップなど。農業や社会などの地域状況を調べるもの。地域づくりの活動として、また、学校の学習プログラムの中で取り組まれることが多い。

<span style="color:#6666ff;">エ．イベント</span>　
おまつり、シンポジウム、講演会、コンサート、スライドショーなど。ほかの活動と組み合わせて行われる。多くの人を集めて行うため、活動を盛り上げる効果、地域の人たちへの広報の意味合いが強い。 </blockquote>

<span style="background:#FFFFA4"><strong> :m161: 参加者の反応 :m162: </strong></span>
<strong><span style="color:#ff3300;"> :m020: 小２♀　Ｍさん :m020: </span></strong>
<blockquote>田んぼの学校で、お米はたくさんの人がいっしょうけんめい作ってくれたので、「たい切にしないと。」と想いました。そのお米をつくるのに、すごく長い時間がかかりました。
わたしは、わたし一人ではぜったいに人の力をかりないとおいしいお米は作れないということを知りました。</blockquote>

<strong><span style="color:#ff3300;"> :m020: 小６♀　Ｓさん :m020: </span></strong>
<blockquote>私は、田んぼの学校に参加して自分の住む町の良さがわかるようになりました。いつも何げなく生活しているのですが、田んぼの学校の活動のとき、自然を見直すことができたり、自然を体験したりして、町の良さを理解することができました。
それから、田んぼの学校でもち米を作って、いつも何げなく食べている米一つぶ一つぶがどれだけ功労して作られたかということも分かりました。決して自分たちだけでは田んぼの学校の貴重な体験はできなかったし、田んぼの学校の先生方が支えて下さったおかげですばらしい体験をすることができました。</blockquote>
<img alt="b0044944_1285251.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/b0044944_1285251.jpg" width="200" height="150" />
画像は<a href="http://ohisamato.exblog.jp/i7/">コチラ</a>からお借りしました :m027: 

現在、「田んぼの学校」支援センターの登録者数は、<strong><span style="color:#000080;"><span style="font-size:130%;">グループ134件／個人189名</span></span></strong>（<a href="http://www.tanbonogakko.net/index.php">リンク</a>）
全国で<strong><span style="color:#000080;"><span style="font-size:130%;">約1500ヶ所</span></span></strong>で活動が行われています :m030: （<a href="http://www.eonet.ne.jp/~g-san/zennou.pdf">リンク</a>）

　　　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 　　 :m208: 

<strong><span style="color:#009933;">「自然の中での教育が効果的」</span></strong>って認識って、こんなに広まってるんですね～ :nihi: 

ここで、ひとつ重要な要素として挙げられるのが、<strong><span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:130%;">ネットワーク化することで一気に広がる</span></span></strong>ということ :m034: 

田んぼの学校も、ネットワーク化することで、どんどん広がっていったのだと思います :m072: 
そして、毎年コンテストという形で、有効な取り組みに対して評価しているので、お互いにアイディアを共有したり、いいところを真似し合うことができます :m036: 

それぞれ可能性探索してても、バラバラに紆余曲折 :m011: をしていたら当然、時間がかかります :m004: 
でも、<strong><span style="color:#009933;"><span style="font-size:130%;">ネットワーク化することで、他所のよいところを真似したり、一緒に考えることで上昇</span></span></strong>していけます :m096:  :m096: 

<strong><span style="color:#ff3300;">社会にとって有用な活動は、ネットワーク化していくことでより先端の可能性へ向かっていけます :m030: 
これからは、「つなげる」「関わる」、そしてその実践の中から「新しい認識を創出する」ということも、重要な役割となりそうです :love: </span></strong>

]]>
   </content>
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   <title>『家庭ってなに？～私権闘争の抜け道が、交換取引の場＝市場である～』</title>
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   <published>2010-02-11T09:51:59Z</published>
   <updated>2010-02-12T12:34:01Z</updated>
   
   <summary>前回&quot;&gt;『家庭ってなに？～国家（力の序列共認）と その統合限界～』では、力の序列で統合されていた時代の恒常的な私権不全感は、解脱欠乏を生み、それが、私権集団（国家や家庭）が統合限界に行き着かせた事を扱いました。 その、統合限界に至った私権集団（国家や家庭）はその後、補完物として『市場』を生み出していきます :shock: 。 ところでみなさん、そもそも「市場」ってどうやって成立したのかご存知ですか :m052: 私は、あまり良く知りませんでした。なんとなく、「物々交換」からだったかな～  :m050: という感じであいまいでした。 現代において、「家庭」では消費者として日常的に「市場」に参加するのが当たり前ですが、市場の成り立ちについては全くの無知！今回は市場の成り立ちについて書かれたものを紹介したいと思います。 　『超国家・超市場論９　私権闘争の抜け道が、交換取引の場＝市場である』より 続きを読む前に応援お願いします :m027:    ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊...</summary>
   <author>
      <name>shijimi</name>
      
   </author>
         <category term="家庭と市場" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[前回<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001007.html#more<span style="color:#ff3300;">">『家庭ってなに？～国家（力の序列共認）と その統合限界～』</span></a>では、力の序列で統合されていた時代の恒常的な私権不全感は、解脱欠乏を生み、それが、私権集団（国家や家庭）が<span style="color:#ff3300;">統合限界</span>に行き着かせた事を扱いました。

その、統合限界に至った私権集団（国家や家庭）はその後、<span style="color:#ff3300;">補完物</span>として『<span style="color:#ff3300;">市場</span>』を生み出していきます :shock: 。

ところでみなさん、そもそも「市場」ってどうやって成立したのかご存知ですか :m052:
私は、あまり良く知りませんでした。なんとなく、「物々交換」からだったかな～  :m050: という感じであいまいでした。

現代において、「<span style="color:#6666ff;">家庭</span>」では<span style="color:#6666ff;">消費者</span>として日常的に「<span style="color:#ff3300;">市場</span>」に参加するのが当たり前ですが、市場の成り立ちについては全くの無知！今回は市場の成り立ちについて書かれたものを紹介したいと思います。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=30709">　<span style="color:#ff3300;">『超国家・超市場論９　私権闘争の抜け道が、交換取引の場＝市場である』</span></a>より

続きを読む前に応援お願いします :m027: 
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＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊]]>
      <![CDATA[: <span style="background:#FFFFA4">交換取引は、武力闘争（およびその帰結たる身分制度による私権拡大の封鎖）からの抜け道として登場した。それどころか、最初に交換関係が登場した動機は、額に汗して働くよりも、（相手にこの品物が大きな可能性を与えてくれると信じ込ませることさえ出来れば）交換によって得る益の方が、ずっと大きいからである。</span><img alt="%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89.gif" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89.gif" width="450" height="217" />
●シルクロード（珍しいものを運ぶ事で交易で商人たちは儲けた☆）

<span style="background:#FFFFA4">実際、古代市場も、女の性的商品価値を一層高めてくれそうな宝石や絹や毛皮を主要な交易品として、拡大していった。（なお、近世→近代も、呉服や毛織物やレースが起点になる。）それに対して日常の主食品（米や麦やイモなど）に対しては、その様な幻想的な可能性など描き様がない。

この幻想共認（幻想への可能性収束）によって作り出された、市場商品の価格と一般農産物の価格との価格格差こそ、市場拡大のテコとも原動力ともなった市場の秘密の仕組みである。（異国の食品や、無農薬の食品は、幻想共認の形成が可能であり、だからこそ一定の市場化も可能なのである。）
そこでは当然、農耕の労働価格は、幻想商品の労働価格にくらべて、異常に低くなる。この価格格差(価格差別ともいえる）の秘密こそ、途上国が一貫して貧困状態に置かれ続けてきた真の理由であることは、いうまでもない。</span></span>
<img alt="%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E5%8E%9F%E7%9F%B3.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E5%8E%9F%E7%9F%B3.jpg" width="325" height="253" />
●ダイヤモンド原石（キラキラ光る宝石の元はただの石ころ！！）

（<span style="background:#FFFFA4">なお、採取部族間の友好維持の為の贈り物と、私権利益を獲得する為の交換とは、共に共生（取引）適応の一種ではあるが、その発生基盤は片や共認原理、片や私権原理と全く異なっており、従って、贈り物は、決して私権時代の市場の起源なのではない。だから、「贈与」と「交換」は、厳格に区別されなければならない。）

（同様に、生活必需品の物々交換が市場の起源であるという話も、真っ赤な嘘であって、生存上の必需品を他部族に委ねる部族など存在しない。その様な物々交換は、市場（関係）がある程度日常的に存在する様にならない限り成立し得ないのであって、従って、市場の真の起源は、私権闘争の抜け道としての、快美幻想の共認、もっとはっきり言えば「騙し」をテコとする私益行為以外には考えられない。）</span>

<img alt="%E7%94%B7%E5%A5%B3%E3%81%AE%E9%A7%86%E3%81%91%E5%BC%95%E3%81%8D.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E7%94%B7%E5%A5%B3%E3%81%AE%E9%A7%86%E3%81%91%E5%BC%95%E3%81%8D.jpg" width="400" height="266" />
●男女の駆け引き（性幻想を高める品物では解脱回路＝快美幻想を刺激）

<span style="background:#FFFFA4">性幻想を高める為の毛織物やレースをはじめとして、私権圧力下の解脱回路（主にドーパミン回路）が生み出す快美幻想がはびこり、生活全般に亙って快美（快適さや便利さ）を求める快美欠乏が上昇してゆくにつれて、その幻想共認が作り出す価格格差をテコとする市場はどんどん繁殖してゆく。
そして次には、その生産効率を上げる為の科学技術が発達してゆき、市場の拡大競争が生み出した侵略戦争→軍備強化への期待圧力が、その科学技術を更に大きく発展させてゆく。
この科学技術の発達による快美充足の可能性（快適さ利便さ）の実現こそ、中後期の市場拡大の原動力である。</span>

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
身分制度が固定化して以降、交換取引関係は力ではどうしようもない :-( <span style="color:#6666ff;">序列</span>をかいくぐって<span style="color:#6666ff;">私権（お金）を得る</span><span style="color:#ff3300;">抜け道</span>だったんですね～！！本当は価値が大してないものでも、いいものと相手に思い込ませること（<span style="color:#6666ff;">幻想共認</span>）ができれば、高く売れる！！ってこと。

確かに…今でも、女性誌には、ビジューの付いたキラキラした洋服と :blush: か、男性の好きなモノマガジンには便利そう :lol: な製品が載っていて、私達の購買意欲を誘うものばかりです。その、<span style="color:#ff3300;">きれい！快適そう！</span>という幻想が高ければ高いほど、高価になっています :roll: 。

一般家庭でも、かわいいとか、快適そう！という幻想を買うことができるようになった（＝豊かになった）って、<span style="color:#ff3300;">市場拡大の参加者</span>となったということだったんですね。
市場の起源から、一貫して【「騙し」をテコとする私益行為】として、その裾野を序列上位から、庶民にまで拡大してきたということだったんですね☆

最近は、ブランド物が売れないとか、いうのも、そんな<span style="color:#ff3300;">「騙し」</span>に魅力を感じない人が増えてきたということではないでしょうか :P ☆

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   <title>教育の再生どうする？～再生への取り組み事例：森のようちえん～」</title>
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   <published>2010-02-06T14:45:20Z</published>
   <updated>2010-02-08T01:36:44Z</updated>
   
   <summary> （画像はコチラよりお借りしました） 子供は自然の中で自由に遊ばせたい！ そう思っている人は多いと思いますが、 そんな想いとは逆に現実では、最近の幼稚園でも :shock: 宿題がでるところがあるそうです。 その背景には、親たちが小学校に上がってからちゃんとできるように、幼稚園でもちゃんと勉強させて欲しいという思いを持っているようです。 しかし、実際に生きていく上で必要となるのは、机に座って与えられた問題の答えを書ける能力ではなく、状況に応じて自在に思考する能力なのは、多くの人が感じていることでしょう。 今回は、子ども達の身体や心が豊かに育って欲しいという願いから幼児の自然体験活動を通じて、教育を実際に取り組んでいる「森のようちえん」事例を紹介します。 気になる続きを読む前に・・・いつものポチッとお願いします  :m146:   ...</summary>
   <author>
      <name>suzumusi</name>
      
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         <category term="子育てをどうする？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%B3%A5%E9%81%8A%E3%81%B3.jpg"><img alt="%E6%B3%A5%E9%81%8A%E3%81%B3.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%B3%A5%E9%81%8A%E3%81%B3-thumb.jpg" width="400" height="203" /></a>
（画像は<a href="http://www.morinoyouchien.org/">コチラ</a>よりお借りしました）

<strong>子供は自然の中で自由に遊ばせたい！</strong>
そう思っている人は多いと思いますが、
そんな想いとは逆に現実では、最近の幼稚園でも :shock: <span style="font-size:130%;">宿題</span>がでるところがあるそうです。

その背景には、親たちが小学校に上がってからちゃんとできるように、幼稚園でもちゃんと勉強させて欲しいという思いを持っているようです。

しかし、実際に生きていく上で必要となるのは、机に座って与えられた問題の答えを書ける能力ではなく、状況に応じて自在に思考する能力なのは、多くの人が感じていることでしょう。

今回は、子ども達の身体や心が豊かに育って欲しいという願いから幼児の自然体験活動を通じて、教育を実際に取り組んでいる「森のようちえん」事例を紹介します。


気になる続きを読む前に・・・いつものポチッとお願いします  :m146: <a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a> <a href="http://baby.blogmura.com/in/073656.html" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 子育てブログへ" src="http://baby.blogmura.com/img/baby80_15.gif" width="80" /></a> ]]>
      <![CDATA[<strong>●どうしてこの活動を始めたのか？</strong>
「<a href="http://www.morinoyouchien.org/modules/tinyd07/index.php?id=1">森のようちえん全国ネットワーク　設立趣意書</a>」より引用

<blockquote>昨今、子どもを取り巻く環境が悪化しつつありますが、その原因のひとつに、幼児の自然体験をはじめとする体験活動の欠如が指摘されています。様々な自然体験活動を経験させることは、協調性や豊な感受性、自然への畏敬の念を身につけることができると同時に、基礎体力の向上など様々な教育的効果があります。そのため、子ども達の身体や心が豊かに育って欲しいという願いから、幼児の自然体験活動へのニーズの拡大が顕著になってきています。
（中略）

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E7%95%91.jpg"><img alt="%E7%95%91.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E7%95%91-thumb.jpg" width="400" height="113" /></a>
（画像は<a href="http://www.morinoyouchien.org/">コチラ</a>よりお借りしました）

しかし、そのような体験活動の場、機会がまだまだ不足しているという背景には、どのような体験、環境(場)作り、プログラムが乳児・幼少期の子ども達の成長に良いものかということが明確になっておらず、手探り状態であることに加え、適切な活動を提供できる指導者、保育者が不足していること等が挙げられます。
（中略）
つきましては、日本全体で「森のようちえん」等の活動が更に広まり、より多くの乳児・幼少期の子ども達がより質の高い自然体験の機会を得ることができる社会を作ることを目的として、「森のようちえん」等の活動を行う全国レベルのネットワーク機関となるべく、ここに「森のようちえん全国ネットワーク」を設立します。</blockquote>

また、多くの活動団体は週１程度の割合で活動しており、それ以外にも夏休みだけのイベントを設けています。さらに全国で４７団体が参加しており、毎年フォーラムが開かれるなど確実に拡大をしてきている活動です。


<strong>●活動内容とその効果</strong>
この活動を通じてどのような変化が見られるのだろうか？

<a href="http://blog.morinoyouchien.org/archives/category/moriyo">「幼児教育にちょっとした変化が！」</a>より引用

<blockquote><strong>(1) 五感を用いて直接体験する。→ 感情や思考の土壌を作る。</strong>
五感を用いて自分の体で反応するという感覚運動的な体験をすることで、自然環境との相互作用を実感することができ、この実感の積み重ねが感情や思考の土壌を作ります。

<strong>(2) 試行錯誤する。→自発性を育てる。</strong>
自然は、「こうすればこうなる、ということがわからない」、「どうなるか、やってみないとわからない」。だからこそ、自分のすべての力を使って、色々と試しながら自然とつきあっていくことで、自分のことは自分で決めるという自発性を育むことができます。

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%B7%9D%E9%81%8A%E3%81%B3.jpg"><img alt="%E5%B7%9D%E9%81%8A%E3%81%B3.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%B7%9D%E9%81%8A%E3%81%B3-thumb.jpg" width="400" height="93" /></a>
（画像は<a href="http://www.morinoyouchien.org/">コチラ</a>よりお借りしました）

<strong>(3) 達成感を味わう。→自信をもつ。</strong>
試行錯誤を繰り返し、自分の力でやり遂げることによって達成感を味わい、有能感や自尊心を育むことで、自信をもつことができるようになります。

<strong>(4) 周りとのつながりを実感する。→ 信頼感や安心感を生みだす。</strong>
自然環境やいろんな人との相互作用を体験することで、自分と周りとのつながりを実感し、周りとの関係を認識して満たされることで信頼感や安心感を生みだすことになります。
自然の中ではこのようなことが期待できます。でも逆に、自然の中で行う活動であっても、このようなことが期待できないようなものは、自然体験の良さは十分に発揮できていない、ということにもなりそうです。</blockquote>

<strong>●感想</strong>
これらの活動に共通する点は、<strong><span style="color:#ff3300;">自然の中で遊ばせるだけではなく、包丁や焚き火の火を使って料理を作ったり、畑で野菜をそだてたり、生き物を育てたり、さらに友達と一緒に協力したりと、“学校のお勉強”では学ぶ事ができない「生きていく力」を身につけることができる活動ということです。</span></strong>

<img alt="%E6%96%99%E7%90%86.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%96%99%E7%90%86.jpg" width="400" height="73" />
（画像は<a href="http://www.morinoyouchien.org/">コチラ</a>よりお借りしました）

<strong>「森のようちえん」のような子供に必要な“遊び＝学び”の場を自分達で創っていく活動にはとても可能性を感じます。次代の教育はこういう活動から再生されていくのだと思います。</strong>

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   <title>現行の『婚姻制度』～その中身と成り立ち（３）　夜這いの解体２</title>
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   <published>2010-02-06T09:00:00Z</published>
   <updated>2010-02-06T13:22:12Z</updated>
   
   <summary>夜這い婚は村落における充足規範だった事が前稿で明らかになりました。 写真はコチラから 現代とはあまりにも異なる風習ではありますが、現行制度と比べても遥かに長い歴史があり、その事自体が実際にみんなが充足していた。 充足規範が明治以降、じわじわと解体されていってしまったのです。 ⇒本稿ではこの解体過程を紐解いて見ます。 夜這いの解体と一夫一婦制の確立２（るいネットより） ＜明治時代　一夫一婦制実施＞ 写真はコチラから 明治になって男女の結婚関係にも国家権力が介入するようになり、法令的な届出と戸籍記載による公認方式がとられ、一夫一婦制が実施された。 これによって事実として結婚していても、登記しないと結婚とは認めず、「内縁」関係として私的に承認することになったが、こうした男と女の「法律」的慣行は、もともと日本の民俗としては存在せず、ただ国家権力によって導入されたものにすぎない。 私たちの古い性民俗は多重的であって、単層的、つまり単一の法定的結婚様式をとらなかったのである。 このことを理解しないと、夜這いその他の性民俗の性格がわからないだろう。 現在、当たり前とされている結婚制度＝「国家権力により導入されたものにすぎない。」 確かにこの認識転換は重要だと思います。 前稿に揚げられた様に、夜這い禁止令は国民になかなか受け入れられなかった。明治時代の国民が望んだ制度でもなかった訳で、為政者側の意図が透けて見えてきます。 応援もお願いします。最高の元気の元です :m005:   :m117:   :m117: ...</summary>
   <author>
      <name>gokuu</name>
      
   </author>
         <category term="婚姻制度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[夜這い婚は村落における充足規範だった事が<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2010/02/001005.html#more">前稿</a>で明らかになりました。

<img alt="%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E4%BA%A4%E9%9A%9B.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E4%BA%A4%E9%9A%9B.jpg" width="320" height="214" />
写真は<a href="http://ricorico.typepad.jp/blog/...59B.html">コチラ</a>から

<blockquote>現代とはあまりにも異なる風習ではありますが、現行制度と比べても遥かに長い歴史があり、その事自体が実際にみんなが充足していた。
充足規範が明治以降、じわじわと解体されていってしまったのです。</blockquote>

⇒本稿ではこの解体過程を紐解いて見ます。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=2796">夜這いの解体と一夫一婦制の確立２（るいネットより）</a>

<blockquote>＜明治時代　一夫一婦制実施＞

<img alt="%E5%A9%9A%E5%A7%BB%E5%B1%8A.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%A9%9A%E5%A7%BB%E5%B1%8A.jpg" width="300" height="300" />
写真は<a href="http://sekainomariko.cocolog-nif...1ea.html">コチラ</a>から
明治になって男女の結婚関係にも国家権力が介入するようになり、法令的な届出と戸籍記載による公認方式がとられ、一夫一婦制が実施された。
これによって事実として結婚していても、登記しないと結婚とは認めず、「内縁」関係として私的に承認することになったが、こうした男と女の「法律」的慣行は、もともと日本の民俗としては存在せず、ただ国家権力によって導入されたものにすぎない。
私たちの古い性民俗は多重的であって、単層的、つまり単一の法定的結婚様式をとらなかったのである。
このことを理解しないと、夜這いその他の性民俗の性格がわからないだろう。</blockquote>

現在、当たり前とされている結婚制度＝「国家権力により導入されたものにすぎない。」
確かにこの認識転換は重要だと思います。
前稿に揚げられた様に、夜這い禁止令は国民になかなか受け入れられなかった。明治時代の国民が望んだ制度でもなかった訳で、為政者側の意図が透けて見えてきます。

応援もお願いします。最高の元気の元です :m005: 
 :m117: <a href="http://blog.with2.net/link.php?542310" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ" src="http://blog.katei-x.net/blog/banner_04.gif" /></a>
 :m117: <a href="http://baby.blogmura.com/in/073656.html" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 子育てブログへ" src="http://baby.blogmura.com/img/baby80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[<blockquote>＜明治時代　資本主義侵入＞

<img alt="%E5%A3%B2%E6%98%A5.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%A3%B2%E6%98%A5.jpg" width="300" height="225" />
写真は<a href="http://showa.mainichi.jp/news/19...29c.html">コチラ</a>から

電灯の普及と民家の構造変化も、夜這いの廃絶のために打撃を与えたのは確かだが、やはり資本主義の侵入、商品流通の社会構造の変革が根本的素因と思われる。
明治政府は、封建領主ですらしなかったような、まさに掠奪的地租を賦課して農村を荒廃に導いたのである。
それは予定されたことで、いわゆる資本の原始蓄積、産業の資本造出のための手段であることは明らかであった。
かくして土地を奪われた農民は都市へ流出し、産業資本のために安価な労働力を提供する貧民として定着する。
ムラには、相互扶助の伝統があった。しかし土地を自ら放棄し、都市へ欠落ちしなければならなかった人たちは、出身の郷村とも絶縁するようにして都市へ逃亡する。低賃金による酷使と重労働、災害による死傷、都市の一隅への集中、貧民街の成立、こうして労働者、貧民の子女は遊廓その他へ売り渡され、残った妻たちも潜行的売春で漸く露命をつなぐという図式ができた。
多くの親たちの中には、進んで子供を売り渡した者もあっただろう。しかし、その意識がどうであれ、娘や子供を年季奉公で売り渡し、遂には妻にまで売春させねば生きてられないような、荒廃した世界を富国強兵とか、万国無比の国体の影で築き上げた独占資本と国家との責任は、さらに重大なものであったといわねばならぬ。</blockquote>

この荒廃状況は、産業革命時のヨーロッパと同じ光景だ。
学校の社会の授業で習った様に、
「文明開化→科学技術による豊かさ享受→その結果の恋愛・一対婚→自由の謳歌」
なんて歴史通念は全くの幻想である事がこの投稿が明らかにしてくている。
事実は、子を売り、妻を売り、それでも苦しい、荒廃しきった社会だったのだ。
富国強兵の命の基、国民から搾取し海外から平気を買い捲ったのが事実で、そのための村落解体（→根無し草の都市労働者の増産）であり、夜這い婚の禁止（→性の充足の剥奪）だった。
もっと根底には、市場拡大、そのための商品化された性幻想があり、恐ろしい事に、独占資本と国家の統合者がこれを計画的に実行した事だ。

次の投稿が、その過程を露にしてくれています。

<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=2875">夜這いの解体と一夫一婦制の確立３（るいネットより）</a>
 
<blockquote>＜明治初期～後半　娘宿の激減→消滅の原因＞

<img alt="%E5%A8%98%E5%AE%BF.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E5%A8%98%E5%AE%BF.jpg" width="300" height="225" />
娘宿：写真は<a href="http://enasan.net/blog/news/003417.php">コチラ</a>から

若衆仲間は二十人、三十人とあるわけだが、娘仲間は女工・女中などの出稼ぎ、子守、女廊などに売られたりで、娘分として残るのはせいぜい十人か、十五人ぐらいであり、そのうちから二、三人は結婚して脱退するから、若衆組に比すると人数は少なくなる。
それが娘宿が激減し、消滅して行った原因であった。
絶対数からいえば、常に娘の数は、若衆よりも少なかったわけで、したがって争奪も激しいし、他所のムラへ遠征することにもなる。
また山村とか小さいムラになると娘だけでなく、後家、女中、子守まで加え、それでも不足すれば嫁などまで開放することになった。こうなると、娘宿は成立せず、女の講中が代わって出現する。したがって、（一部を除き）娘宿というのは急速に減退した。</blockquote>

村民がバラバラになり始め、少なくなっても、村の集団性を何とか維持しようとしたのが構中なのでしょう。
大衆は、荒廃した都市で煮え湯を飲むか？村落解体の渦中に身を置くか？の二択しかその進む道は無かったということになります。
そして、この村落解体を決定的にしたのが、身近な地主の変貌でしょう。
それまで、幕府の年貢要求などに対して村落側の立場で前面に立っていたであろう地主達が、権力、私益、へと擦り寄り始めたのです。

<blockquote>＜明治時代　若衆仲間（ムラの組織のひとつ）の第一次的解体要因＞

<img alt="%E8%A2%B4.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E8%A2%B4.jpg" width="300" height="430" />
袴：写真は<a href="http://www.miyakocity.com/blogm/...Fe%3D164">コチラ</a>から
貧農や小作人との対抗のため、ムラの地主たちが郡、あるいは県段階で結合するようになる。
地域的、地方的横断組織が発達してくると、すぐに影響が大きくでたのは結婚である。
それまででも富農の間では村外婚が普及していたけれども、一般的には村内婚が多かった。
こうして地縁的関係よりも経済的関係が優先されるようになると、村外婚が多くならざるをえない。
それに明治政府の地方自治制度創出で戸長、村長などの格ができ、次に村会議員、群会議員、県会議員が出現し、ムラムラの家の格が明確になってきた。
ほぼ同格の家と縁組みするのに適当な基準が、政府によって公式に作られたのである。
そこで富農や地主層は村外婚、一般農民や水呑み層は村内婚と分化が進んだ。
村外婚をねらっているような家では、娘を密封し、「夜這い」から離脱させる。教育勅語を盾にして貞操を守らせる方が、高く売り出せるからだ。
男の方も京都、東京などへ遊学させることが流行し、そのうち地方にも中学校が建てられ、かれらの希望を満たすことになる。
どこのムラにでも「ハカマギ」（袴着）の二人や三人できることになり、ムラの若衆から敬遠され、排除するムラが多くなった。
昔は全的機能をもっていた若衆仲間は、こうして富農層の子弟を男女とも除外するようになる。
これが若衆仲間の第一次的解体要因であり、後に若衆組の経験がない富農層の子弟が、ムラの指導者となって若衆組を支配し、利用するようになる基を作った。</blockquote>

市場拡大の波が広がり、大衆（貧農達）の直上にまで及んだ時、彼らは徹底的に搾取される立場に立たされる。
明治維新は、封建社会を解体したってのは、状況を知ったら「嘘っぱち」と解かる。
この時の農民が、日本史上、最も搾取された身分だったのではないでしょうか？

逆に、この時の富裕層の子女をイメージすると、現代の暴走する官僚の生い立ちと重なる。
村の子供達と遊ばせて貰えず、隔離され、囲い込まれ、お受験と花嫁修業。
・・・・・同化してみると相当に可愛そうな立場。
「いつか見ていろ！」と悶々としながら親の敷いたレールを走り、ゴールは支配者（＝特権階級）。
それまで、恨めしかった、夜這い婚などは真っ先に叩き潰して行ったでしょう。
この転換は、当時の裕福層の小学生が大学卒業してしまえば実現する。たかだが10年程度。村落解体は、相当のスピード感で実現したに違いない。

夜這い婚の解体過程がかなりリアルに把握できて来ました。
次は、昭和に駆けての夜這い婚の完全廃絶までを追って行きます。 :m040: ]]>
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