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   <title>家庭を聖域にしてはいけない</title>
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   <updated>2007-12-29T07:37:36Z</updated>
   <subtitle>子どもたちが危ない。自己中の親・過保護な親。密室家庭は、人間をダメにする。</subtitle>
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   <title>家庭・教育の本質を問う：８つの追求テーマ</title>
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   <published>2008-12-31T14:59:59Z</published>
   <updated>2007-12-29T07:37:36Z</updated>
   
   <summary> :m089: １．家庭・教育ニュース　 :m117: 様々な新現象から本質問題...</summary>
   <author>
      <name>iwaiy</name>
      
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         <category term="全般" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat12/"><strong><span style="color:#ff3300;"><u> :m089: １．家庭・教育ニュース</u></span></strong></a>　 :m117: 様々な新現象から本質問題を追求
<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat11/"><strong><span style="color:#ff3300;"><u> :m089: ２．子どもたち、若者たちの意識潮流</u></span></strong></a>　 :m117: 子どもたちの変化。子どもたちの役割　

<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat13/"><strong><span style="color:#FFAE35;"><u> :m091: ３．家族のかたち</u></span></strong></a>　 :m117: 家族って何？　家族形態、性、親子、子育ての歴史
<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat8/"><strong><span style="color:#FFAE35;"><u> :m091: ４．心の欠陥</u></span></strong></a>　 :m117: うつ、自信がない…生きるって？　『共認心理学』による分析
<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat14/"><strong><span style="color:#FFAE35;"><u> :m091: ５．子育てをどうする？</u></span></strong></a>　 :m117: 密室の限界。安心できる場って？　共同保育の試み

<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat15/"><strong><span style="color:#009933;"><u> :m090: ６．教育改革の本質とは？</u></span></strong></a>　 :m117: 学力低下、自我教育問題。本物の教育とは？
<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat16"><strong><span style="color:#009933;"><u> :m090: ７．メディアと教育</u></span></strong></a>　 :m117: テレビ脳問題、観念支配
<a href="http://www.katei-x.net/blog/cat17/"><strong><span style="color:#009933;"><u> :m090: ８．教育の新潮流</u></span></strong></a>　 :m117: 教育界の最新動向、教育史研究]]>
      
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   <title>江戸～明治期における親子関係の変化</title>
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   <published>2008-07-03T13:23:26Z</published>
   <updated>2008-07-03T14:01:52Z</updated>
   
   <summary>先日から追求している江戸～明治にかけての親子関係の変遷を追うに当って、とてもよく...</summary>
   <author>
      <name>kawait</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[先日から追求している江戸～明治にかけての親子関係の変遷を追うに当って、とてもよくまとめられた論文が見つかりました。

<a href="http://www.niph.go.jp/wadai/mhlw/1999/h1140002.pdf">明治近代以来の法制度･社会制度にみる 
児童の養育責任論とその具体化に関する分析 </a>

明治期の法制度を元に、当時の親子関係がどのように推移して行ったのか？
時代区分と当時の集団・社会を取り巻く外圧、という視点を交えながら、ざっと流れをまとめてみました。

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/jinrikisya.jpg"><img alt="jinrikisya.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/jinrikisya-thumb.jpg" width="380" height="239" /></a>
人力車のように駆け抜けた明治時代とは、現在の国会のウダウダ論議とは異なり、目に見えて社会構造が激変していった時代であったようです。画像は<a href="http://www.z-flag.jp/blog/archives/2008/03/post_591.html#more">Z旗ブログ</a>さんからお借りしました。

さて、まとめを見る前にいつものクリック、お願いします。
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]]>
      <![CDATA[時代区分　　外圧　　　　　　　　親子関係

江戸時代　　自然外圧－－＞村落共同体規範
　　　　　　　　集団間外圧－＞村の大人＝親達　⇔　村の児童＝子ども達
　　　　　　　　　　↓　　　　　　　（取り上げ親、名付け親、拾い親、烏帽子親、
　　　　　　　　　　↓　　　　　　　　仲人親、ワラジ親、職親等）　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　村の財産－－＞【群れの教育】（生物学的親子関係）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　若者衆・男宿・女宿

明治時代　　対外国圧力－＞軍事力増強
　　　　　　　　　　　　　　　　　　→　国民国家（法治国家）形成⇒国家統合力増強
　　　　　　　　市場拡大－－＞徴税制・徴兵制
　　　　　　　　　　　　　　　　　　→共同体規範解体＋家父長権制定：明治4年戸籍法
　　　　　　　　序列圧力－－＞国家を頂点とした圧力を末端（子ども）にまで適用
　　　　　　　　キリスト教－－＞家族（ホーム）論　婦人宣教師による私権観念教育
　　　　　　　　個人主義－－＞子どもの扶養･養育＝親の責任（親権）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　1898（明治31）年　身分法
　　　　　　　　　　　　　　　　　　未成年者喫煙禁止法（親の児童喫煙の制止義務）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　良妻賢母の育成＝国家の為に良く教育された子どもを
　　　　　　　　　　　　　　　　　　育てるのが女の役割として評価される仕組み
　　　　　　　　　　　　　　　　　　1899（明治32）年　高等女学校令
　　　　　　　　　　　　　　　　　　家制度の確立＝近代家族の成立

　　　　　　　　戦争圧力－－＞感化法（明治33年）：国家＞家父長＞児童

　　　　　　　　近代化圧力－＞工場法（明治45年）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　女工・幼年労働者は親の許可不要
　　　　　　　　　　　　　　　　　　（国家としての生産力UP優先）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　家事･子女教育を目的とする女子教育振興
昭和初期　　　　　　　　　　　　国策としての養育を制度化
　　　　　　　　　　　　　　　　　　1937(昭和12）年　母子保護法
二次大戦　　GHQ統制－－＞家制度の解体
　　　　　　　　　　　　　　　　　　→1946年　男女平等、父母共同の親権
　　　　　　　　　　　　　　　　　　核家族制度の確立：婚姻家族が家族の基本
　　　　　　　　　　　　　　　　　　養育に関する自己決定権を親が有する仕組みへ
　　　　　　　　経済成長－－＞都市化・核家族化の進行　　　　　　｜
　　　　　　　　豊かさ実現－＞貧困圧力・生存圧力の消滅　　　　　↓
　　　　　　　　収束不全－－＞各家庭が養育責任⇒何に対する責任なのか？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　∥
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　∨　
　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="color:#ff3300;">　『人それぞれ家庭の誕生＝自己中増産装置』</span>

<blockquote> 落合恵美子によれば、近代家族の概念は<span style="background:#FFE3E3">①家内領域と公共領域の分離、②家族成員相互の強い情緒的関係、③子供中心主義、④男は公共領域、女は家内領域という性別分業、⑤家族の集団性の強化、⑥社交の衰退、⑦非親族の排除、⑧核家族</span>、の8 点に特徴づけられる(９)。落合の言説を養育責任論の視座から読み直せば、共同体内に分散していた養育機能を、まず身分関係法が「家」の内部に集め、それ以後、社会諸法と近代化によって変容した人々の考え方や習慣が女性が我が子の養育に専心することで「家」運営に参画していくよう方向づけたと整理できる。</blockquote>

以上、ざーっと現代までのセンテンスを含めて一気に羅列してみましたが、上記の流れの中にも沢山のなんで？が見受けられます。

そこで、まずは上記項目の中から、なんで？の抽出＋追求によるリレー記事を投稿、それらを再度まとめた図解を完成させて行きたいと思います。構造化の為には、まずは事実追求から。みなさん、気付きや情報をドンドンお寄せいただけたら、と思います。


ちなみに、今日引用した論文は、<a href="http://mhlw-grants.niph.go.jp/index.html">厚生労働科学研究成果データーベース</a>というサイトの一部です。相当な数の論文が掲載されており、今後も参考にできる優良サイトとしてお勧めです。色々と検索してみて下さい。

かわいでした。]]>
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   <title>生物進化史から学ぶお産と子育て８～オスの性闘争本能と集団適応～</title>
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   <published>2008-07-02T11:06:01Z</published>
   <updated>2008-07-02T11:38:21Z</updated>
   
   <summary> ※メスをめぐるオス同士の戦い（画像のリンク元） テーマ「生物進化史から学ぶお産...</summary>
   <author>
      <name>toya</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<a href = "http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program061.html"><img src = "http://www.nhk.or.jp/darwin/program/images/p061/photo16.jpg" alt = "メスをめぐるオス同士の戦い"></a>
※メスをめぐるオス同士の戦い（画像の<a href="http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program061.html">リンク元</a>）


テーマ「生物進化史から学ぶお産と子育て」では、はじめに『雌雄の役割分化』を扱っています。
やはり、<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=92145">雌雄の差異は絶対的なものであり、個人差（個性）なるものは、相対的なもの</a>でしかないようですね。

さて、その絶対的な差異はどこに見出せるのでしょうか？
簡潔に言えば、メスは、「<span style="background:#FFE3E3">胎内保育（と産後保育）の強化</span>」であり、オスは、「<span style="background:#C8FFFF">性闘争本能の強化</span>」です。
今回は、後者の『<span style="background:#C8FFFF">性闘争本能の強化</span>』について、掲載します。


「<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=134386">性闘争本能を封鎖していた極限時代の人類の婚姻形態</a>」
<span style="color:#CC6600;">＞動物のオスは、メスをめぐって、オス同士で闘う。
＞勝った強いオスにメスが集中する。
＞これにより、強いオスの子供を残し、生きる確率を高めている。
＞これを、動物の性闘争の本能という。
＞性闘争本能はすべての動物に備わっているが、とりわけ哺乳類は、性闘争本能をとことん強化した動物。</span>

「メスをめぐって、オス同士が闘う」というと、ついついオスは「自分のため」だけに闘っているように思いがちですが、それは誤り（認識不足）ですよ :m003: 

え？どういうこと？と次へ進む前に↓ポチっとｸﾘｯｸをお願いします。
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      <![CDATA[<a href = "http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/zoo/zouazarasi.htm"><img src = "http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/zoo/images/zouazarasi6.jpg" alt = "メスをめぐるオス同士の戦い"></a>
※メスをめぐるオス同士の戦い（画像の<a href="http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/zoo/zouazarasi.htm">リンク元</a>）


「<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=128050">種の保存としての性闘争</a>」
<span style="color:#CC6600;">＞性闘争って聞くと、どうしてもなんだか個VS個の醜い争いを連想してしまっていました。
＞しかし、それは、自分の中の観念が作り出した、ただの想像にしか過ぎませんでした。
＞
＞『性闘争』
＞それは、種の保存のために強者を決めるということ。
＞そのために、より強い種を残すために闘うということ。
＞
＞そう思うと、そこにはすごいエネルギーを感じます。</span>

ね、重要な視点が抜けていたでしょー。

オスは、生命がメスとオスに分化して以来、一貫して闘争存在なのです。

闘争は常に、種の保存という最重要課題のもとに統合されます。（でなければ、自滅する！）
人類は、より性闘争本能を強めてきた種であり、これまでも、外敵闘争以上に、同類の性闘争を通じ、自ら闘争圧力を生み出し、より闘争力を高めてきました。

人類は、負けても、他の動物とは違い、すぐに死ぬわけではありません。
一時の敗者も常に、闘争圧力を生み出す一員であり、そうである限り、みなのために活動しているのです。
（ただ一つ、無圧力の家庭や個室に逃避している場合を除いて…）

つまり、自分のためだけに、闘っているのではない、とうことです。
また、家族のためだけに、闘っているのでもないのです。。

オスは常に、みんなのために（種の保存のために）闘っているのです。
それは本能から一貫した自然の摂理だったのですね。


<a href = "http://ameblo.jp/daikon-mama/page-31.html"><img src = "http://stat001.ameba.jp/user_images/77/e1/10008850469_s.jpg" alt = "メスをめぐるオス同士の戦い？？"></a>
※メスをめぐるオス同士の戦い？？（画像の<a href="http://ameblo.jp/daikon-mama/page-31.html">リンク元</a>）

(1)『<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=1321">哺乳類の性闘争本能</a>』

<span style="color:#CC6600;">＞哺乳類の最大の特徴は、胎内保育機能にあります。しかし、卵産動物が一般に大量の卵を産み、その大部分が成体になるまでに外敵に喰われることによって淘汰適応を実現しているのに対して、胎内保育と産後保育の哺乳類には、適者だけ生き残ることによって種としてより秀れた適応を実現してゆく淘汰適応の原理が働き難くなります。そこで、淘汰適応が成体後に引き延ばされ、成体の淘汰を激化する必要から、哺乳類は性闘争＝縄張り闘争の本能を著しく強化してゆきました。実際、性闘争を強化した種の方が適応力が高くなるので、性闘争の弱い種は次第に駆逐されてゆきます。かくして哺乳類は、性闘争を極端に激化させた動物となっていきました。</span>

(2)『<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=58831">集団原理と性闘争･縄張り闘争（原理）の両輪による適応</a>』

<span style="color:#CC6600;">＞しかし、この性闘争⇒縄張り闘争だけでは、生物としての適応には限界があります。性闘争本能は、同じ種内の個体間で争う原理ですから、種間闘争（喰う･喰われる）の圧力に対しては、無力（限界あり）です。事実、モグラ類は原哺乳類の進化段階に止まっています。
＞種間闘争に適応するためには、生物の一方の原理である『集団本能』『群れる原理』が必要になります。
＞草食動物は、群れる事によって、特定の個体が捕食されても、群れ･種として存続できる。より大型化すれば、雄（野牛）が円陣を組み、中に雌や子供を囲い込んで、肉食獣（ライオン）に対峙することまで出来るようになります。
＞種間闘争の圧力が、各生物にかかる圧力です。それに適応するため、集団本能･群れの原理を、どう行動様式として固定してきたか。群れの原理が焦点になります。そして、その群れの原理の下に、「哺乳類の活力源である性闘争本能」を如何に組み込んでいるのかが、哺乳類の本質的な構造です。</span>


お産や子育ての場を中心に、かつ性闘争の活力を絶やさずに、どのような闘争集団を形成できるか？
それが、私たち人類（特にオス）に普遍的な課題なのですね。

このように生物進化史を捉えると、生殖課題（性や子育て）の場が無圧力化していく現代は、適応力低下＝自滅への道を歩みだしているようで、なんとしてもこの危機を乗り越える必要があると言えるのではないでしょうか？
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て７～本能＝自然の摂理に沿った胎内保育⇒お産をしている？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/07/000571.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2008:/blog//1.571</id>
   
   <published>2008-06-30T15:01:20Z</published>
   <updated>2008-06-30T22:50:02Z</updated>
   
   <summary> ＞父親の役割は、安心して子育てができる縄張りの確保！そしてそのための闘争！とい...</summary>
   <author>
      <name>nakamenta</name>
      
   </author>
         <category term="子育てをどうする？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="questionmark.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/questionmark.jpg" width="124" height="73" />

＞父親の役割は、安心して子育てができる縄張りの確保！そしてそのための闘争！というのが大きな役割ということになります。

母親は産み、育てることが大きな役割 :m021: 
厳しい寒冷化の中で、哺乳類の雌が獲得した「胎内保育」についてもう少し詳しく書いてあるブログを見つけました :m101: 

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]]>
      <![CDATA[<a href="http://www.biological-journal.net/blog/2006/10/post_11.html">Biological Journal『胎内保育機能の獲得』</a>より引用させて頂きました :m208: 

<span style="color:#009933;">::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::</span>

爬虫類から逃れて、寒冷地帯へと逃げ込んだ両生類は、その後どの様に哺乳類へと進化を遂げていったのでしょう？ 
寒冷地帯に逃げ込んだのはいいんだけれど、そこでは様々な壁（逆境）がありました。その中の一つが卵はどうするの？ってことです。 
両生類は、熱帯地帯においては卵生（母体の体外に卵を産むこと）でも卵は孵るのですが、これが寒冷地だと卵はうまく孵りません。 

どうするっ！！！！  
↓↓ 
<span style="color:#FFAE35;"><strong>そこで、寒冷地に逃げた両生類は、寒くても卵をかえせる『卵胎生』→胎内保育へと生殖機能を進化させました。簡単に言うと、母体の中で卵を産み育てる機能を獲得して、寒冷化に適応していったのです。
これって、外圧（この場合は寒冷化）に適応するために、肉体改造を行ったってことだよね。生物ってホントすごい！！  </strong></span>
ここでちょっとおさらい！！ 

生殖機能の違いは、漢字を見れば何となくわかると思いますが、もすこし詳しく分類してみます。

 『卵生』・・・受精卵が親の体外で発育して新個体となること。卵内の卵黄を養分として、卵膜中で発生が進み、ある段階に達すると孵化(ふか)する。単孔類（ハリモグラ・カモノハシ）を除く哺乳類以外の大部分の動物にみられる。 

『卵胎生』・・・卵生の動物のうち新個体が卵でなく幼生の形で産まれること。卵が母体との組織的な連絡なしに母体中で発育・孵化(ふか)する点で、哺乳類の胎生とは区別される。マムシ・タニシ・グッピーなど。 

<strong>『胎生』・・・子が母胎内で胎盤によって栄養や酸素の補給を受けながらある程度まで育ち、個体として生まれること。単孔類を除く哺乳類に主に見られる。 

体の中である程度まで子供を育てる生殖機能「卵胎生→胎内保育（胎生）」の獲得は、その後の哺乳類への進化に欠かせない機能となります。 

 ※ちなみに、約１億2千年前、初期哺乳類の段階で、さらに厳しくなる寒冷化の対応の一つとして、胎児の出生確率をより高める胎盤（母体と胎児を繋ぐ器官）を獲得します。胎児は、母親の栄養や酸素の補給を受けたり物質交換を行いながら、母体の中である程度まで育ち、個体として生まれてきます。 

 ここまでの段階で、現在生存する哺乳類の基礎的機能をほぼ整えることになります。 この生殖機能を、「胎生」と呼びます。</strong>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 

寒冷化 :m010: という厳しい外圧 :m008: に、胎内保育（胎生）という肉体改造 :tikara: を行なって適応してきた哺乳類。その生きる :m096: か死ぬか :m097: の環境の中で生命を宿り :m034: 、胎内で育て :m001: 、出産して :D 、育ててきた :m146: んですよね？？
すごい！！！！
現代を生きる私達にも、この何度も何度も塗り替えられた機能と本能が備わっていると考えると、少し疑問が湧いてきます。

そういえば、
<strong>「本能＝自然の摂理に沿った胎内保育⇒お産をしている？」</strong>

生命を宿り、胎内で育て、産むという行為は、本能機能に大きく立脚していますが（産後保育は共認機能に立脚している。）、
私達現代人は、むしろ、本能に委ねることの方が不安に感じているのではないのでしょうか。
多くの女性がより大きな病院での出産を希望しているのは、よりリスクの低い方法を選択したいという、体や環境に対する不安な現実の表れではないでしょうか？

胎内保育⇒出産の常識や知識、認識は、便利・快適が当たり前の生活の上に成り立っていているし、生死に関わる部分であるため、個人の思い込みや現代の価値観が根強く残っています。
だから、実は、いろいろと疑問 :m052: があるのです。

<span style="color:#800080;">●妊娠中は安静にしてくださいってホント？
●妊娠中、なぜか必要以上に太っちゃうのってなんで？
●お産は恐ろしく大変なもの？だから、医療の手助けが必要？
●逆子でも、前回が帝王切開でも、高齢でも、特に問題がなくても、帝王切開の方が安全…ってホント？
●無痛分娩・吸引分娩・鉗子分娩・会陰切開が必要になったのはなんで？
●子供が死産したり、出産に失敗して、病院や担当医を責めるってなんで？
●奇形児や障害を持った子供が生まれることを怖がったり、生まれたことを受け入れられなかったり、するってなんで？
●産後うつってなんで？</span>

…などなど、真正面から扱われることの少ないなんで？があります。
こんなこともちょっと考えてみたい！って思いました。
引き続き、追求していきたいと思います :m043: ]]>
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て６　～生物界における親子関係とは？！～</title>
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   <published>2008-06-29T01:00:00Z</published>
   <updated>2008-06-30T22:40:36Z</updated>
   
   <summary>　「自分の子供」「自分の親」このような意識はどこから生まれてくるのでしょうか？ま...</summary>
   <author>
      <name>daichi</name>
      
   </author>
         <category term="家族のかたち" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[　「自分の子供」「自分の親」このような意識はどこから生まれてくるのでしょうか？またそもそも人間以外の動物は、そもそもそのような感覚があるのでしょうか？

<img alt="%E7%86%8A%E3%80%80%E8%A6%AA%E5%AD%90.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E7%86%8A%E3%80%80%E8%A6%AA%E5%AD%90.jpg" width="403" height="291" />
（画像はここから借りました：<a href="http://zoo0982.blog108.fc2.com/blog-entry-769.html">リンク</a>）

　今回はそのあたりを調べてみました。すると衝撃的な事実が明らかに！なんと<span style="color:#ff3300;"><span style="font-size:130%;">もともと生物には親子関係などない（！）</span></span>ということです！！

　続きを読む前にとりあえずクリック↓
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      <![CDATA[　さて結構衝撃の事実ですが、ではここでるいネットの投稿を紹介します。（<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=2194">リンク</a>）
<blockquote>　生物にはもともと親子関係など存在しなかったのです。例えば単細胞生物は、どんどん分裂して新個体が環境の中へと拡散してゆくだけです（彼らは互いに仲間であることを認識する機能は持っていますが、親子であることを認識する機能など、持っていません）。それは魚類や両生類でも同じです。つまり新個体は放っておけば新世界（環境）へと泳ぎ出してゆくのが、当然なのです。なぜなら、それこそが生命の根本的な適応原理たる個体（同類他者）の多様化原理に適った在り方（補：同類他者の変異が多様なほど、種としての適応が有利）だからです。</blockquote>

　確かに単細胞時代はそうですね。また魚類や両生類にも親子感覚などなさそうです。

　では哺乳類はというと・・・。

<blockquote>　それに対して胎内保育機能を形成した哺乳類は、産後保育の強化（保育本能の強化）と性闘争本能の強化によって、環境（主に種間）適応度を上昇させてゆきますが、原モグラの場合、成体になると保育本能＜性闘争本能に成る事によって、子（娘も息子も）は放逐されます。しかし、その後哺乳類は胎内保育機能を源流とする親和本能を発達させてゆきます。そうなると、親和本能によって子がそのまま居残ることになり、それでは多様化という適応原理が損われるので、巣離れor親離れ本能がセットされたと考えられます。

＞親和本能の発達した哺乳類の場合（雌雄分化に基く内雌外雄の集団編成も相まって）、雄の性闘争本能は強化されてゆきますが、雌の性闘争本能は衰弱してゆきます。その結果、若雄では巣離れ本能＋性闘争本能＞親和本能となって若雄は群れから出てゆく事になります。他方、若雌は巣離れ本能＋性闘争本能≦親和本能となると共に、首雄の性的期待も相まって群れに残り、かくして娘残留の母系集団が形成されることに成る訳です。（なお、真猿も親和本能を更に発達させた哺乳類であり、一般には娘残留の母系集団を形成しています。また、首雄＝父と娘の間には親子の認識は在りません。）</blockquote>

　これ結構衝撃的じゃないですか！？

　人間にかなり近いサルであっても、父と娘の間には親子の認識はないということです。

　また本能的にオスには「巣離れ本能＋性闘争本能」がセットされていて、特定の時期になると群れから出て行きます。そしてそれは<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">多様化という適応原理に則ったもの</span></span>だったのです！

　そこから考えると、<span style="background:#C8FFFF">現在家庭で起こっている現象「親離れできないニートの増加」「子育てパパの増加」は自然の摂理から捉えてもかなりヤバイ状況なのだということがいえます！</span>]]>
   </content>
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   <title>共同保育の可能性（＾υ＾）/part4～共同保育事例：イスラエルの生産共同体キブツの「子どもの家」</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000568.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2008:/blog//1.568</id>
   
   <published>2008-06-26T11:39:12Z</published>
   <updated>2008-06-26T14:54:31Z</updated>
   
   <summary>共同保育の可能性（＾υ＾）/part1 /part2/part3 に引き続き共同...</summary>
   <author>
      <name>sachiare</name>
      
   </author>
         <category term="子育てをどうする？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[共同保育の可能性（＾υ＾）/<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000555.html" Target="_blank">part1</a> /<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000562.html" Target="_blank">part2</a>/<a href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000564.html" Target="_blank">part3</a> に引き続き共同保育の可能性を考えてみます。今日は、共同保育の事例として、イスラエルの生産共同体キブツの<span style="color:#009933;"><strong><strong>「子どもの家」</strong></strong></span>を紹介します。

キブツ（KIBBUTZ）とはヘブライ語で「集団・集合」を意味する言葉です。

キブツの数は現在270近くあって、そのメンバー総数は約130,000人でイスラエルの人口の約３%を占めていて、イスラエルの農業生産の40％、輸出向け工場 製品の約８％を生み出しています。

<img alt="taiken1.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/taiken1.jpg" width="200" height="133" />
　　　　　↑キブツの人々（写真は、<a href="http://www.temasa.co.jp/index.html" Target="_blank">株式会社テマサトラベル</a>さんからお借りしました）

かつて、キブツの子ども達は親とは別に「子どもの家」で共同生活を送っていました。しかし、キブツを取り巻く状況の変化に応じて、現在の「子どもの家」は子ども達の共同生活の場ではなくなっているようです。

キブツの子ども達の共同生活の場「子どもの家」の実現基盤はなんだったのか？それが変わっていったのはなぜか？から共同保育の可能性を探ってみます。

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      <![CDATA[<span style="color:#000080;"><strong>◆設立当時のキブツ</strong></span>
・イスラエルで生まれた「キブツ」と呼ばれる共同村は、1909年帝政ロシアの迫害を逃れた若いユダヤ人男女の一群が、パレスチナに帰って、最初のキブツ・デガニアをガリラヤ湖畔に作ったところから始まった。

<span style="color:#009933;">「能力に応じて働き、必要に応じて消費する」、自給自足、私有財産の否定、子供の共同生活、業務のローテーション、世俗主義、といった社会主義的属性を持ちつつも、キブツ内では民主主義が貫徹していた</span>し、キブツのメンバー達は、イスラエル社会全体をキブツ化するつもりもなかった。彼等は、あくまで資本主義社会の中での社会主義的コミュニティーを追求した。なお、メンバーをユダヤ人に限ったということもキブツの重要な特徴。

キブツでは、共同体内での平等が非常に重んじられていた。例えば、どんな仕事（食堂の皿洗い、バナナの収穫、共同体の経営事務、トラクターの運転、キブツに付設する工場の管理や技術職など）をしても原則的に同じ賃金だった。住居も、家族人数にもよるが、同じ広さのアパートに住んでいた。また、三食の食事は、食堂で食べることになっていた。住居には簡単なキッチンがあり、週末など自宅で食事をしたりした場合もあるが、基本的に食事は食堂だった。自動車も共有で、最近、時折環境対策として話題になるカーシェアリングだった。<span style="color:#009933;">仕事や休暇のローテーションなど、共同体の住民生活と仕事に関する様々なことが、食堂での集会で決められた。</span>

・キブツでは、<span style="color:#009933;">子どもを「ある親の子ども」としてではなく「キブツの子ども」として、親だけでなく共同体全員で育てる。</span>夫婦は同居するが、子どもは親とは別に「子どもの家」で生活し、保母が養育を行う。学校もそこから通っていた。親の家には週末、場合によって週日の夕食後など1～2時間ばかり戻って一緒に過ごしていた。つまり子どもたちは、世話役の大人たちと、キブツという共同体の中であえて親と離れて共同生活をしていた。個々のキブツによるが、幼児も親元から離れて「子どもの家」に住んでおり、親の家に定期的に帰る生活をしていた。

<span style="color:#000080;"><strong>◆現在のキブツ</strong></span>
・<span style="color:#009933;">社会が豊かになるにつれ、非常に平等主義的であり、集団により個人の自由やプライバシーが拘束されるキブツの制度は敬遠されて少しずつ緩やかになっていった。</span>最近では平等主義・共同体主義のキブツはほぼ無くなっており、ほとんど普通の街や農場と同じような生活をしている。

イスラエルの最も古いキブツであるデガニアが、2007年、平等主義を捨てて、メンバーに業績に応じて給与を支払うことにしたことが話題になった。キブツの社会主義的属性は次第に水で薄められてきており、「能力に応じて働き、必要に応じて消費する」考え方を放棄するに至った。キブツ内共同労働も減っている。

・現在の家族は普通は4人か5人。子どもが3人いる家庭は珍しくなってきた。<span style="color:#009933;">普段の生活は核家族</span>だが、週に1度、たいていは金曜日の晩に親戚中が集まって食事をする。過越しの祭りや新年には海外からも大勢の親類が来る。<span style="color:#009933;">子どもたちも最近は家族と暮らしていて、「子どもの家」には放課後や行事の時に集まるようになっている。</span>

家庭では、何より子どもの教育が重視される。「ジューイッシュ・マザー」（ユダヤ人の母）という言葉が「教育ママ」の別名であるように、教育熱心なお母さんは世界的に有名。子どもの教育は両親の責任なので、夫も仕事を終えればすぐに帰宅する。

<Hr Width="80%"> 

キブツの「子どもの家」という共同保育は『生産と消費が一体となった共同体』で実現していました。しかし、豊かさが実現しキブツが『核家族の集合』へと変化する中で「子どもの家」も子たちの共同生活の場ではなくなったようです。

このキブツの事例から考えると、<strong>共同保育</strong>の実現を目指す上で、<span style="color:#ff3300;"><strong>【仕事の場（＝生産の）と家庭（＝生殖の場）が一体となった場】</strong></span>が重要なキーワードになりそうです。（さいこう）

※キブツの紹介内容は以下のサイトの情報を元に編集させていただきました。ありがとうございます。 :D 
　　◆ウィキペディア（Wikipedia）～<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%96%E3%83%84" Target="_blank">キブツ</a>
　　◆核武装と日本の軍事戦略-防衛省OB太田述正ブログ～<a href="http://blog.ohtan.net/archives/50954180.html" Target="_blank">キブツの終わり</a>
　　◆海外子育て事情～イスラエル　<a href="http://pippi-kaigai.hpnk.jp/article/2607601.html" Target="_blank">キブツの「子どもの家」の思い出</a>
　　◆株式会社テマサトラベル～<a href="http://www.temasa.co.jp/f_kibutu.html" Target="_blank">キブツ体験</a>             ]]>
   </content>
</entry>
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   <title>学校ってどうなってるの？６３～四書五経・四書の「中庸」～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000567.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2008:/blog//1.567</id>
   
   <published>2008-06-23T03:00:00Z</published>
   <updated>2008-06-23T08:06:52Z</updated>
   
   <summary>四書五経・四書の「中庸」とは・・・・「中庸」 ●「中庸」 ・前430頃書かれたも...</summary>
   <author>
      <name>2310</name>
      
   </author>
         <category term="教育の新潮流" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[四書五経・四書の「中庸」とは・・・・「中庸」
<img alt="moyooshi-18-3-naiyou2-022.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/moyooshi-18-3-naiyou2-022.jpg" width="241" height="200" />

●<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%BA%B8" target="_blank">「中庸」</a>
・前430頃書かれたもので、『大学』と同じくもともと『礼記』のうちの一篇。中庸とは偏りが無く永久不変という意味で、道徳の原理、不変の道理を論じたものです。『史記』孔子世家が「子思は「中庸」を作る」とすることから、孔子の孫、子思の作の様子。

ここで解説文が読めます。<a href="http://www.h3.dion.ne.jp/~china/book4.html" target="_blank">中国的こころ</a>
<a href="http://www.h3.dion.ne.jp/~china/CHINA1.HTML" target="_blank">【中国的こころ】のメインページはこちら・・・</a>

孔子の思想は、政治（治人）と倫理（修己）にあります。「大学」は政治に重点が置かれ、「中庸」には、倫理が主眼点となっているようです。

<a href="http://idks.web.fc2.com/" target="_blank">ここのHP</a>では、　
「朱熹の章句の冒頭によれば、『中庸』は孔子の孫にあたる子思が「道が衰え、伝わらないのを恐れて著した。」とあります

が、後世の学者によれば、子思の著書かどうかは疑わしいとされています。また、朱熹の注では「中」とは偏らないことを意味し、「庸」とは易（か）わらないこと、と説明しています。」

その中身は

『中庸』の中では、「中庸」の徳をくわしく解説している。しかし、『中庸』は、「中庸」以外に、「誠」、「性」、「道」、「慎独」など多くの概念についても述べている。この中で、「誠」は「中庸」よりも一層重要な概念であることも言われている。

「中庸の徳たるや、それ至れるかな」
(意味) 過ぎることなく、及ばぬこともなく、常に変わらないことが、徳として最上のものである

と孔子が中庸の徳をと説いたとされます。

中庸という概念を使って展開される四書五経の「中庸」は、老荘家に対抗するための仁の前の根本思想を示したものともいわれますが、中庸とは、潜在思念に従えといっているように思います。いま、もっとも学校や教育に必要なものかも知れません。

第一章の解説を続きに記載しておきます。


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      <![CDATA[<a href="http://www.h3.dion.ne.jp/~china/book4.html" target="_blank">中国的こころ</a>より。

【第一章】
天の命によって、先天的に具有しているものを性といい、その転生に従うことを道といい、その道を修治し品節して天下の法則とすることを教えといいます。

■意味
老子の一派が、先王の道をもって偽りとすることに対抗して、先王の道が尊いことを説いた章。
万物は道から離れることができないものであり、もし離れることができるとしてもそれは道とは言えず、また性に従うものではありません。ゆえに、君子は常に敬しみ畏れて修養を心がけ、目耳に入らないものを畏れるのである。幽暗のところ、微細のことは、現れないけれども、一たび現れると止むことはなく、ゆえに君子は常に戒慎恐懼して、人の知らざるところ、自分ひとり知るところについて最もこれを慎むのです。

喜怒哀楽がまだ発せられない状態を中といいます。喜怒哀楽が発した状態を和をいいます。中は寂然として動かなくても、一切のものにみなこれが備わっています。すなわち天下の大本であるのです。

和は天下の達道です。よく中和を押し極めることができれば天地もまたその所に安んじ、人も物もみな安らかになり、万物が成育するのです。

孔子より受けた教えの趣意を述べたものです。

はじめに道の大本、根源は天より出て、一定不易のものであり、その実体は自己に完備していて決して離れることのないものです。

次に君子は常に敬虔の心をもって、まだ見聞せずとも戒慎恐懼して天命の性(先天的具有)を存養し、聖神の徳のある人はよく中和を致してその功業化育の極致として万物に至る事を言っています。(つまり天からさずかっている性に従って、外界の誘惑に惑わされるなということ)

のようです。]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>明治初期、教育制度改革と庶民生活の実態</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000565.html" />
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   <published>2008-06-22T09:19:01Z</published>
   <updated>2008-07-01T10:47:52Z</updated>
   
   <summary>江戸から明治にかけて、日本は西欧列強に追い付け・追い越せとばかりに一斉に国を挙げ...</summary>
   <author>
      <name>kawait</name>
      
   </author>
         <category term="子どもたち、若者たちの意識潮流" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="家族のかたち" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="教育改革の本質とは？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[江戸から明治にかけて、日本は西欧列強に追い付け・追い越せとばかりに一斉に国を挙げての文明開化 :shock: へと舵を切りました。

が、文明開化っていきなり言われても、当時の人々にそれが輝きを持つ概念であったかどうかは、甚だ疑問 :roll: でもあります。

江戸から明治にかけて、家制度⇒家族制度、という形で法整備が進められて来た訳ですが、単純に法律が変ったから従え、と言われて国民達は素直に前に習え、となった訳でも無さそう。

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/image002.jpg"><img alt="image002.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/image002-thumb.jpg" width="273" height="273" /></a>

という事で、今回は国家は国民達をどのように強制圧力下へと従わせていったのか？という事を教育の観点から探ってみたいと思います。

続きはポチットしてからお願いします。
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      <![CDATA[1868年　明治元年
明治04年　文部省設置：イギリス、ドイツ、アメリカ、オランダ等の教育法導入の検討開始
明治05年　「学制」制定
明治08年　「学齢」制定：満6歳から14歳の8年間を学齢とする
明治12～40年までの間に7回もの小学校制度改正
明治33年　義務教育成立：原則無償となる
明治44年　就学率98％！

実は、発展途上国がたったの40年で就学率90％を達成した事例は、未だに日本を除いて存在しないらしい。

と、これだけを見ると日本という国はいかにも勤勉でみんなが望んで勉強に取り組んでいったかのように見えます。

ところが、実態はこの明治の40年間で、大きく市場開放の煽りを受け、強引に共同体が解体されていった歴史が見られます。

明治5年「学制」制定時、全国に「八大学区」×「32中学区」ということで中学校256校、小学校53,760校設立が目標として掲げられます。ところが、これは全くの机上の空論に過ぎず、ピークは昭和32年で26,988校、H15年では23,633校（明治8年の時点より少ない）が実情であり、一度も実現されたことの無い目標値であったようです。

一説では、江戸期の寺子屋は75,000位あったとも言われており、実は明治になって学制を頒布したらいっぺんに小学校が12,000に減ったというのが実態のようです。学制は、立身出世主義の元、受益者負担の法則により、<span style="color:#ff3300;">「出世するためには自分でお金を出して学校に行く」</span>という事を強制的に法制化した為、それまで自主的に寺子屋（主に寄付等により成立しており、決められた授業料などは当時無かった）などに通っていた子ども達の中でも、元々裕福であった一部の層（明治6年の内訳で12,000校　就学率：男子39.9％　女子15.1％　平均28.1％）だけが通えるものへと変ってしまったようです。

しかし、これでは当初の目標が達成できない、とばかりに国は各地方役人へ強烈な圧力を働かせます。明治33年の授業料免除はその政策の一環。それでも、家（村）の仕事の方が重要とされていた地域では簡単には就学率は上がらず、必死になった役人達は、子ども達にバッジや表札を配布して差別化を計る、学校へ通わない子は村八分等と一部脅迫めいた手段まで使って、なんとか就学率向上を目指したとか。

結果的に明治44年で就学率98％を達成した、というのも役人の誤魔化しがあり、どうしても学校へ通えない子は、役所に免除願いを出せば認める、という形で就学率を割り出す際の分母を強制的に減らした、という裏話もあったとか。

参考サイト
<a href="http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/kaikaku/pdf/p115.pdf">明治時代の小学校</a>
<a href="http://library.u-gakugei.ac.jp/lbhome/tenjikai/koenkai_H16.html">講　演：　「明治初期の子どもと学校」</a>


という事で、明治時代の教育制度整備と、それによる子ども達の意識変化という観点で改めて上記の流れを俯瞰すると、次の事が見えてきます。

<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">１．裕福な家庭は地位向上を目指して学問の道へ⇒後の官僚や軍体の上官などへの布石か？</span></span>

<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">２．村の子ども達は村の生産力であり、義務教育よりも村仕事の方がまだまだ優先されていた</span></span>

<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">３．度重なる強制例の発動により、子ども達の差別化が進行。村の規範（共認域）が次第に崩されていく</span></span>

当時の日本政府の政策の背後には、「西欧列強に並べ！」というスローガンを推進させた<span style="color:#6666ff;">国際金融資本の存在</span>が確認されています。

<a href="http://www.trend-review.net/blog/2007/09/000409.html">明治維新の実像「幕末期に入った国際金融資本の魔手」</a>


大きくは、市場拡大政策の一環として、<span style="color:#ff3300;">村＝共同生産体を解体し、バラバラの個人、即ち何をするにも金の必要な社会（生産者と消費者によって構成される社会）の基盤作りが</span>、この頃から推し進められており、明治初期にはまだまだその流れに抗う姿が垣間見られていた、という辺りが、今後の社会に対するヒントともなりそうな気がしています。

まだまだ追求は続きます！かわいでした。]]>
   </content>
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   <title>明治に定められた教育勅語とその背景</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000566.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2008:/blog//1.566</id>
   
   <published>2008-06-21T10:32:54Z</published>
   <updated>2008-06-21T13:59:07Z</updated>
   
   <summary>江戸時代から明治時代にかけての教育の変化によってもたらされた影響で、村落の中にあ...</summary>
   <author>
      <name>kaneking</name>
      
   </author>
         <category term="家庭・教育ニュース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[江戸時代から明治時代にかけての教育の変化によってもたらされた影響で、村落の中にある共同体意識が失われる要因のひとつになっていたようです。 :shock: 

今回は、明治に公布された教育勅語について調べてみました。 :wink: 
ちなみに、この教育勅語は、小学校の教科書にも書かれていたそうです。

<a href="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E.gif"><img alt="%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E.gif" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E6%95%99%E8%82%B2%E5%8B%85%E8%AA%9E-thumb.gif" width="364" height="330" /></a>

明治時代の教育制度
教育勅語：国民の培うべき徳行を説くもの

<blockquote>概要
明治天皇が臣民に語りかける形式をとる。まず、歴代天皇が国家と道徳を確立したと語り起こし、臣民の忠孝心が「国体の精華」であり「教育の淵源」であると規定する。続いて、父母への孝行や夫婦の和合、遵法精神、事あらば国の為に戦う事など12の徳目（道徳）を並べ、これを守るのが臣民の伝統であるとする。以上を歴代天皇の遺した教えと位置づけ、臣民とともに明治天皇自らこれを守るように努力したいと誓って締めくくる。</blockquote>

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      <![CDATA[<blockquote>現代口語訳
私の思い起こすことには、我が皇室の祖先たちが国を御始めになったのは遙か遠き昔のことで、そこに御築きになった徳は深く厚きものでした。我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそ我が国体の誉れであり、教育の根本もまたその中にあります。
　あなた方臣民よ、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い、もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕え、このようにして天下に比類なき皇国の繁栄に尽くしていくべきです。これらは、ただあなた方が我が忠実で良き臣民であるというだけのことではなく、あなた方の祖先の遺(のこ)した良き伝統を反映していくものでもあります。
　このような道は実に、我が皇室の祖先の御遺(のこ)しになった教訓であり、子孫臣民の共に守らねばならないもので、昔も今も変わらず、国内だけでなく外国においても間違いなき道です。私はあなた方臣民と共にこれらを心に銘記し守っていきますし、皆一致してその徳の道を歩んでいくことを希(こいねが)っています。</blockquote>

この教育勅語が盛り込まれた教科書を小学校で読めば、ほとんどの子供たちは、お国のためにという意識が働きそうです。

では、この教育勅語が公布された背景はいったいなにがあったのでしょうか？

<blockquote>明治19年（1886）４月、小学校令が公布され、小学校は尋常小学校と高等小学校に分かれます。満６歳になると、まず尋常小学校に入学し、義務教育として４年間勉強してから、さらに上の高等小学校に進むように決められました。それ以前の小学校は、上等・下等に分かれていて、半年毎の試験で進級していくようになっていましたが、まだ、義務教育ではなく、小学校が義務教育となったのは、この時からということになります。
　このような新しい小学校制度ができたものの、当時は、義務教育である尋常小学校でさえも、月謝が平均して15銭ほどかかり、上の高等小学校の場合には、さらに高い授業料を払わなければなりませんでした。ちなみに、当時の月謝15銭は、今の金額になおすと1,300 円ほどですが、お金がかかる上、子供を学校にやってしまうと家事の手伝いをさせられなくなることなどから、学校など行かなくてもよいと考える親もいたそうです。
それで、国や県では「子供を学校へやると金もうけがうまくなる」などとＰＲしたこともあるようです。</blockquote>

どうやら、国民に国のために学ぶことが重要という意識を持たせたかった行為が伺われます。その中で教育勅語は、国を統合するためのひとつの政策だったようにも思えます。 :roll: 

この頃はまだすべての人が、お国のためというよりも、村のためという意識が強い人も多かったようで、役人たちは、就学率を上げようとあらゆる方法で、対策を考えていたようです。 :x 

また、村の規範が重要と見る人が多かったため、国を統合しようとしたときの共認要素として、天皇の言葉として示すことで、村のみんなのためから国のみんなのためという意識に変化していったと考えられます。

　このような策略によって、徐々に村の仕事よりも教育することのほうが大事という考え方をする人が増えていったことにより、村というの共同体が少しずつ崩れていくことにつながったようにも思えます。

カネキチ
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て５～生物界における父親の役割は？～</title>
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   <published>2008-06-21T01:00:00Z</published>
   <updated>2008-06-21T03:41:10Z</updated>
   
   <summary>　家庭における父親の役割って何でしょう？かつては一家の大黒柱といわれた父親ですが...</summary>
   <author>
      <name>daichi</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[　家庭における父親の役割って何でしょう？かつては一家の大黒柱といわれた父親ですが、現代の家庭においては正直存在感をなくしてしまっているお父さんは多いんじゃないでしょうか？

　今回は「生物史から学ぶお産と子育てシリーズ」の第５弾として、そもそも生物界（特に哺乳類）の父親の集団（家庭）における役割って何？というあたりの話をしたいと思います！

<img alt="%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%82%A6%E3%82%B7.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%82%A6%E3%82%B7.jpg" width="450" height="300" />

（ジャコウウシの円陣　写真はこのサイトから借りました：<a href="http://www.blue-moon.ca/index.html">リンク</a>）

では手始めに事例を２つ紹介します。引用元はおなじみ「るいネット」

<blockquote>

・草食動物
北極圏に棲む草食動物のジャコウウシは、捕食者であるオオカミに対して、雄が外側に円陣を組み、雌・子供をオオカミから守ります。（上の写真を参照）。
・肉食動物
ライオンは基本的に敵なしですが、群れで肉を掠め取りに来るハイエナは、最も厄介な敵です。このハイエナの攻撃に対し、雌ライオンでは追い払えず、雄ライオンが登場して決着させる。</blockquote>

　こうやって見てみるとわかるように、オスの主な役割は<span style="color:#ff3300;">外敵から、家族（集団）を守る</span>ということが大きな役割です。

　ではそもそも、なぜこんな役割分化が起こったのでしょう？

その前に応援クリック↓
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      <![CDATA[　その理由のひとつは地球環境の急速な寒冷化です。今から約１億2000万年前に地球上で急激な寒冷化が起こりました。哺乳類はこの寒冷化への適応として胎内保育という体の中である程度子供を大きくするという方法を創り出したのです。

　しかし、その適応方式は哺乳類に新たな課題をもたらしました。

<blockquote>

　哺乳類は、この寒冷化への適応による胎盤の完成と「胎内保育」「産後保護」により、自然淘汰圧力との関係が１８０°変わります。子に対する自然淘汰圧力は極端に下がり、逆に、外敵圧力は、子ではなくその親達に直接かかってきます。

哺乳類が種を残すために新たに直面した課題は、
・胎内保育期間中の雌は戦力外、強い雄が外敵から守らなくてはならない。
・子が生まれた後、独り立ち出来るまでの産後保護（子育て）の期間、安全な縄張りを確保しなければならない。

　これを満足できる雄の能力と新しい集団形態が必要となります。

　そこで雌は、強者選択本能をより強化し、より強い雄に収束します。雄は、雌の強者選択本能に応え、種を残すために性闘争と縄張り闘争を激化させます。
より強い雄を獲得した雌達は、その雄の安全な縄張りの中で、胎内保育、出産、産後保護（子育て）を行います。このように哺乳類の雄雌は、役割を明確にすることにより進化してきました。

　そして、性闘争・縄張り闘争に勝ち抜いた強い雄が広い縄張りを守り、その縄張りの中で母系集団の雌達が子供を育てる、哺乳類の代表的な内雌外雄の集団形態が出来上がります。</blockquote>

　つまり、胎内保育によりメスの生殖負担がどんどんと大きくなり、その分オスは外敵に対する闘争の役割を主要に担ったのです。

　これを現代の家庭に置き換えて考えると、やはり父親の役割は、<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">安心して子育てができる縄張りの確保！そしてそのための闘争！</span></span>というのが大きな役割ということになります。
　そしてそれは生物学的にも矛盾しないのです！
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て４～～</title>
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   <published>2008-06-20T13:19:48Z</published>
   <updated>2008-06-20T13:34:54Z</updated>
   
   <summary>お産と子育てって・・誰の役割？ 男性に赤ちゃんは産むことができないので、そこは女...</summary>
   <author>
      <name>takatiee</name>
      
   </author>
         <category term="子育てをどうする？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[お産と子育てって・・誰の役割？
男性に赤ちゃんは産むことができないので、そこは女性の力を借りる必要がありますが・・子育ては？いまでは主夫も珍しくないですし、家庭によって様々な形態をとっています。

今回は、某日某所にて議論された「オスとメスに分化したのは、何で？」という話題が興味深いものだったので紹介します。

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      多細胞動物の生殖系の進化のステップは、３段階。

　Ⅰ　保存と仕事の分化（殖・産分化）
　Ⅱ　精卵分化
　Ⅲ　雌雄躯体分化


Ⅰ　保存と仕事の分化（殖・産分化）
・真核倍数体生物は、保存（減数分裂システム：生殖細胞）と仕事（単純分裂システム：体細胞）へと機能を分化。これが多細胞化の起点。
・種の保存上、最も負担の大きい生殖を専門に分離することによって、体細胞系列を高度に機能分化させていくことも可能となった。
・特に動物の場合・・・動物は動いて栄養を摂るしかない⇒摂取機能の高度化⇒種間圧力上昇⇒摂取機能の高度化⇒種間圧力上昇・・・という循環的な外圧上昇構造にあり、これが、保存と仕事の分化の軸線上で、多細胞動物の進化を促進してゆくことになる。


Ⅱ　精卵分化
・精子と卵子に配偶子が分かれたのは、運動と栄養の役割分担により、受精過程（出会い）と発生過程（エネルギーを要する）の両方に適応的な形態への分化。
（※精子と卵子に配偶子が分化したのはなんで？リンク）

・さらに、受精卵の中心体が精子由来であること、その中心体は変異活性度が高いこと、またオスのみに存在する抗原タンパク質（ＨＹ抗原）の存在等を考え合わせると、精子が外圧変化に対応した何らかの変異情報を媒介している可能性が高い。（なお、中心体が独自の遺伝情報を持っているか否かは不明であるが、近年の研究ではその可能性が示唆されている）
・このように考えると、精卵分化の本質は、精子：変異配偶子と卵子：保存配偶子への分化であることが見えてくる。変異と保存の分化、これがオスメス分化の原基となる。
・これは、変異＋不変の組み合わせによる、生物的に安定な生殖システムとも言える。
（※生物史から学ぶ『安定』と『硬直』の違い161317）


Ⅲ　雌雄躯体分化
・動物の場合、精卵分化から、雌雄の躯体が固定的に分かれるようになるまで、かなり長い歴史がある。脊椎動物の系統でも魚類の段階まで、雌雄同体と雌雄異体が併存。
（※脊椎動物以前の生物はオス・メス固定度が低い164195）

・雌雄の躯体が分化していく背景には、摂取機能の高度化⇒種間圧力上昇・・・という循環的な外圧上昇構造が前提にある。
・体細胞系列の高度化の要請と同時に、各々の配偶子、生殖巣、生殖器etcを緻密につくりあげるためには、精子をつくる躯体（オス）と卵子をつくる躯体（メス）を分化させたほうが合理的。
・また、動物ゆえの種間圧力⇒摂取能力高度化・・・に対応するため、幼体保護と防衛力上昇の要請が加わる。これは必然的に（保存性に特化した卵子を持つ）メスの生殖負担の増大、そして、それとバランスするようにオスの闘争負担が増大させる方向へつながる。これは脊椎動物の進化史とも符合する。
・これらにより、動物の雌雄の躯体は分化していったと考えられる。

★オスとは何か？　メスとは何か？
・変異性の上に、闘争能力（役割）が塗り重ねられた存在＝オス
・保存性の上に、生殖能力（役割）が塗り重ねられた存在＝メス

生物数十億年の歴史のなかで、外圧に適応していくために、役割分担と調和が塗り重ねられてきた、それがオスとメスの分化。オスという役割（存在）、メスという役割（存在）があわさってはじめて、外圧に適応的たり得たし、種をつなぐこともできたのである。



――――――――――――――――――――――
数十億年もの生物史を遡って分析すると、細胞レベルにおいて既にオスメスの役割が明快に区分されているという事実構造が浮かび上がってきます。
それら様々な細胞が集結している人間、オスメスの役割って明快に区分されているの？！
むしろ「男女平等」などの言葉をよく耳にしている気がします・・・　
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て３～雌雄の役割分化～</title>
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   <published>2008-06-19T14:39:52Z</published>
   <updated>2008-06-24T13:33:20Z</updated>
   
   <summary>最近、親戚友人が出産ラッシュ :m033: です。少子化といわれている昨今ですが...</summary>
   <author>
      <name>shijimi</name>
      
   </author>
         <category term="子育てをどうする？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[最近、親戚友人が出産ラッシュ :m033: です。少子化といわれている昨今ですが、私の身近ではどうも違うよう・・・　 :shock: 
そして、当たり前のことですが、生むのは奥さんばかり :m021: 、決して旦那さんは生みません。 :roll: 

そこで、<span style="color:#ff3300;">どうして女が子供を産むんだろう :roll: ？</span>とか、そもそも　<span style="color:#ff3300;">どうして男と女がいるの :roll: ？</span>という疑問が湧いてきました。　   ということで、

今回は<span style="color:#6666ff;">『生物史から学ぶお産と子育て』</span>の第三弾として<span style="color:#ff3300;">、「雌雄の役割分化」</span>を追求です :D  :m027:  :m027: 。

調べてみると、「るいネット」の<span style="color:#000080;">実現論</span><a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=2">（リンク）</a>に詳しくのっていました。 :m034: また、構造、つながりを追っていくと生物が外圧に適応する為にどういう適応戦略をとったのか見えてきましたので<span style="color:#ff3300;">図解</span>も紹介します。 :wink: （<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=143436">図解</a>）です。<img alt="%E3%83%AD.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/%E3%83%AD.jpg" width="476" height="740" />
]]>
      <![CDATA[ :m021:  :m021: <span style="color:#6666ff;"><span style="background:#FFFFA4">出来る限り多様な同類他者を作り出すことは適応の基幹戦略だが、変異体を作り出す事は極めて危険な営みでもある。雌雄分化はその実現態（突破口）である。従って雌雄分化⇒雌雄の差別化に逆行する事は人類を絶滅へと追いやる危険性を孕む極めて危険な行為である。</span></span>

と図解の最後にはまとめられています。
<span style="color:#ff3300;">外圧に適応しなければ死んでしまう生物</span>は、その戦略としてDNAの多様性がある方向に進化を進め、<span style="font-size:130%;"><span style="color:#ff3300;">安定（雌）</span>と<span style="color:#6666ff;">変異（雄）</span></span>に分化することで、差異が促進されてきました。<span style="color:#ff3300;">人類はそうした適応戦略にのって勝ち残って来た種</span>だったんですね。

<span style="color:#6666ff;">男らしさ :tikara: </span>、<span style="color:#ff3300;">女らしさ :blush: </span>　という部分が余り語られなくなった昨今ですが、昔から言われてきたモノには、<span style="color:#ff3300;">外圧に適応した :m221: 自然の摂理 :m221: がある</span>　ように感じました。逆に今、女らしく、男らしくあろうとするにはどうしたらいいのか分からなくなっている点も、色々なところがガタガタになっている原因のようにも感じます。 :-( 

女の役割である生殖過程を担う為にも、この雌雄分化してきた適応進化の歴史も踏まえて、子供を生み育てる環境を追求していきたいなあと感じました。 :P 

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   <title>共同保育の可能性（＾υ＾）/part3～共同保育を実現させるには？～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.katei-x.net/blog/2008/06/000564.html" />
   <id>tag:blog.katei-x.net,2008:/blog//1.564</id>
   
   <published>2008-06-17T15:08:33Z</published>
   <updated>2008-06-17T15:58:48Z</updated>
   
   <summary> 今回は、実際に共同保育を実現させるにはどうしたらいいかを考えてみたいと思います...</summary>
   <author>
      <name>YOSI</name>
      
   </author>
         <category term="家族のかたち" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="f0759a01af95b91f103d966d49f88845.jpg" src="http://blog.katei-x.net/blog/f0759a01af95b91f103d966d49f88845.jpg" width="320" height="240" />
今回は、実際に<span style="color:#6666ff;">共同保育を実現させるにはどうしたらいいか</span>を考えてみたいと思います。まずは子育てに不安を抱くお母さん達が増えている原因にもなっている、「子育てが集団課題から個人課題に変遷した」経緯を<span style="color:#ff3300;">昔と今の家庭のあり方を比較した上で分析</span>してみましょう。

かつて農村などの共同体では、家庭は<span style="background:#A4FFA4">【①生産の場】</span>であり、かつ<span style="background:#FFE3E3">【②生殖の場】</span>でした。

<span style="background:#A4FFA4">【①生産の場】</span>というのは、社会と直結した生産課題（農家であれば田植え、稲刈りなど）が、家庭、共同体での共有課題である場のことを表します。ここで重要なのは、この活動を通して子供は大人たちの姿を見て真似をすることで、「<span style="color:#FFAE35;">こうしたらいい、こうやったらうまくいく</span>」という実現イメージを感じ取り、そこで実践できた場であったということです。またこの活動自体が<span style="color:#6666ff;">共同作業であるがゆえに判断軸を常にみんな（社会）に向ける事ができ、そこから子供のしつけや規範が形成されていったのです</span>。

一方、<span style="background:#FFE3E3">【②生殖の場】</span>ですが、これは幼い子供をあやしたり、高齢者のお世話をしたり、食事の用意をしたりなど、<span style="background:#A4FFA4">生産の場</span>を支える重要な場を担っています。ここで重要なのは、これらの行為を<span style="color:#FFAE35;">みんな（集団）で担っていたということです</span>。

例えば、近所の高校生の子が子供をあやす姿や、最近見掛けないお年寄りがいれば誰かが様子を見に行ったり、子育てでわからないことがあれば経験者の知恵を借りたり、おばあちゃんや近所のお母さん達がみんなで炊事の用意をして生産の場から帰ってくる人達を出迎えるなど、まず集団がありきで家庭があるという関係が成立していたのです。ここからわかるのは、<span style="color:#ff3300;">集団自体に揺るがない安心感が存在していたということ</span>です。

これらから、<span style="color:#6666ff;">かつての家庭は、①と②がお互いに存在することで成立していた社会（共同体）だったということがわかります</span>。つまり、ほぼ全てのことが自給自足で足り、みんな課題をみんなで共有し紡ぎ上げていけたのです。

しかし、現在、家庭の形態は多様化し、家庭の中身も大きく変化してきました。この大きな原因は核家族化の影響や、市場偏向主義により家庭が消費特権階級に成り下がったことによるところが大きいです。

では、今の家庭はどうなっていったのでしょうか？

続きの前に  応援  よろしくお願いします :P 

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      <![CDATA[核家族化や、消費特権階級になったことにより今、家庭は<span style="background:#A4FFA4">【①生産の場】</span>と<span style="background:#FFE3E3">【②生殖の場】</span>を完全に分離した構造にあります。つまり、<span style="background:#A4FFA4">【①生産の場】</span>は会社で行い<span style="background:#FFE3E3">、【②生殖の場】</span>は家庭で行うという形を作り出したのです。

こうなった結果、家庭は<span style="background:#A4FFA4">【①生産の場】</span>と切り離された（社会と隔絶された）上で、子育て、老人介護、炊事などの行為のみが残った極めて不自然な状況になっているのです。しかも、核家族化により<span style="color:#FFAE35;">「集団にいる」という安心基盤は消滅</span>し、全て<span style="color:#ff3300;">「ひとり」でどうにかしなければならない</span>という状況になってしまいました。これこそが子育て不安、子供を持ちたくない親が増えている原因構造そのものにもつながります。

おまけに、<span style="color:#6666ff;">家庭内における共通課題も消滅</span>したことで、とりあえず代償課題として子育てに異常に関心を示す親が増え、受験収束、教育ママ（パパ）、モンペなどの誕生を生み出すことになりました。また、安心・安全に過剰に反応する親が子供を囲い込むようになり、さらにここに母親の不安意識も相まって親が子離れできない状況を強めているのです。友達親子などもこれに起因しています。これでは、<span style="color:#ff3300;">子供はいつになっても自立することはできません</span>。

<span style="background:#FFFFA4">では、この現在の状況を受けて共同保育を実現する為にどうすしたらいいのでしょうか？</span>

やはり<span style="color:#FFAE35;">子育てにおける親の意識転換が最重要項目</span>だと思われます。

大前提は<span style="font-size:130%;">『囲い込みから自立を促す子育てへ』</span>という意識

これがキーワードではないでしょうか？
子供が社会に適応して頼りがいのある人間へと成長できるように、みんなで成長を見つめていける関係をつくること。

<span style="color:#6666ff;">そのためには、
①信頼のある仲間関係をつくりあげること（みんなが子供にとってのお母さん、お兄さん、お姉さんというみんな家族の輪を広げていくこと）
②自分の子供やプライバシーという枠にこだわらないこと（悩みや心のモヤモヤを隠さずに話せるような安心基盤を形成すること）
③お母さん自体が育児についてしっかりと勉強すること
④集団（社会）で子供を育てる環境をつくること（社会とのつながり、お互いの活力を生み出す場とすること）</span>
これらを乗り越えた先に本当の共同保育が実現できると感じます。これらの実現のためには、まずは、みんなでどうするかを考える場が必要です。その実現可能性を追い求める過程が実現への第一歩です。みんなで一緒に頑張っていきましょう！  :tikara:  :D ]]>
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て２～「性」の捉えなおし～</title>
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   <id>tag:blog.katei-x.net,2008:/blog//1.558</id>
   
   <published>2008-06-17T14:48:33Z</published>
   <updated>2008-06-17T15:06:09Z</updated>
   
   <summary>セックスレスが増える。少子化が進む。 幼い子供が殺される。子供が親を殺す。親が子...</summary>
   <author>
      <name>nakamenta</name>
      
   </author>
         <category term="子育てをどうする？" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.katei-x.net/blog/">
      <![CDATA[<span style="color:#6666ff;">セックスレスが増える。少子化が進む。
幼い子供が殺される。子供が親を殺す。親が子供を虐待をする。
自殺者が増える。高齢者の居場所がなくなる。</span>
社会はすでにガタガタ。今や、家庭崩壊も他人事ではない時代ですよね :-( 

これらの問題の原因には、個人の「これは私のもの」「これは嫌い」とか、その家庭の「うちはこういう決まりだから」など、あらゆる課題を劣化させる価値観があります :m062: 

今日はその価値観を塗り替え、「どうする？」と追求するための答えを<a href="http://www.rui.jp/rui1974.php3">るいネット</a>より紹介します :m030: 

応援宜しくお願いします :love: 
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]]>
      <![CDATA[＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=73355"> 「性」の捉えなおし </a>

<span style="color:#000080;">>それも生殖（次世代を生むという）という行為の中で、どうなのかです。(72789)

「男と女」と「雄と雌」というのは、どちらも性別を表す言葉である。だから、もちろん性のことを示す言葉である。しかし考えてみれば、この「性のこと」の中身ほど、これまで曖昧にやり過ごされてきた領域もないのではないだろうか？

露店での経験を通しても、「性のこと」に関する関心が、極めて高いことは実感できる。いやらしい興味とか、怖いもの見たさとかいった感覚ではない。皆、素朴に、単純に、日常感覚の延長で気になっている様子だ。

だから、皆それぞれ「性のこと」について、考え始めている。しかしそれは、個人の実感に留まったり、昔の規範にそのヒントを求めたり、雑誌を読んでみたり、仲間内で思いのたけを交換しあったり、といった域を超えない。

一連の議論で感じたのは、「性のこと」を考えるにも、言葉の問題がひとつの鍵を握っているのではないか、という事。
「男と女」ではなく「雄と雌」というと、なんだか妙に乱暴で、人を人とも思っていないような印象を持ってしまいがちだが、むしろそのような印象を持つ方が、まっとうに物を考える上では、弊害が大きい。

<strong>「性のこと」に関する思考を、「雄と雌」という言葉からスタートさせることで、むしろ、「性のこと」の中身、その本質により早く近づける面もあるのではないか。「性のこと」とは、生殖に関係する。子孫を残すことに関係する。種を絶やさず、生物集団を維持していくことに関係する。先の世代が死に、後の世代が生きることに関係する。
だから、「性のこと」とは、一般に思われているのとは少し違って、全く個人的なことではなく、むしろ、極めて社会的であり、基底的であり、重要な問題なのだと思う。</strong>  </span>

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＞「男と女」っていう言葉は、価値観念ではないけれど、その言葉を用いた途端、各々の価値観を誘発し、その結果、まともに事実を追求⇒共認できないことになる。しかし、「雄と雌」という言葉からはじめれば、違う。生命原理から、「性のこと」に関する事実を積み上げていくことが、必至になる。
るいネット<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=74298">まともに「性」を認識できないのは、なんで？</a>より

「男」「女」という性を、「雄」「雌」という概念で、「なぜ雄と雌に分かれているの？」「雄の役割とは？」「雌の役割とは？」「雄と雌はどうやって子孫を残し、集団を維持してきたの？」と原理原則から捉えなおしていくこと。
これは今まで使ってきた「男」「女」や「子供」「家庭」「集団」などの認識を改めていくことになるんだ！と思います :m208: 
「雄」「雌」、それこそ生命誕生からの進化の歴史を辿れば、今まで当たり前と受け入れてきた「男女同権」や「男尊女卑」も「結婚」「核家族」にも「なんで？」という疑問が湧いてきます :m052: 
この固定観念が塗り替えられていけば、原理原則に沿って物事を判断できるようになる :m039: 

歴史構造を解明してゆくほどに、現代社会の行き詰まりは明らかになってゆくし、同時に可能性を感じる。
また、歴史構造を解明する中で、固定観念は捨てられてゆく。そうやって事実の認識体系は無限に進化してゆくのでしょう。

そこで！
次回は雌雄の役割分化について調べてみる予定になりました！
お楽しみに～ :m001: ]]>
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   <title>生物史から学ぶお産と子育て１～自然の摂理から考える</title>
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   <published>2008-06-15T23:23:37Z</published>
   <updated>2008-06-15T23:48:22Z</updated>
   
   <summary> 家庭の基本的な課題＝役割は、お産と子育て（生殖課題）です。 それらの課題や問題...</summary>
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家庭の基本的な課題＝役割は、お産と子育て（生殖課題）です。
それらの課題や問題を考えるとき、現代の価値観では答えを出せなくなっています。
つまり、価値観を超えたより根源的な事実認識（構造認識）が必要とされています。

よって、生物史や人類史や現代史を通じて得られる事実認識（構造認識）を明らかにしていきたいと思います。

それに基づき、現代を捉えなおせば、現代の「何がおかしいのか？何が可能性なのか？」をより明確にすることができます。
また、「何は変えてはダメなのか？何を変えたら良いのか？」も明らかになっていくのではないかと思います。

～今後の方向性～

　第一弾：生物進化史から学ぶ、お産と子育て
　第二弾：人類婚姻史から学ぶ、お産と子育て
　第三弾：日本現代史から学ぶ、お産と子育て
　第四弾：貧困消滅後の可能性

第一弾は、「生物(進化)史から学ぶ、お産と子育て」です。お産と子育て（生殖過程）は、人類のみではなく、ほとんどの生物に共通する営みです。そこには、生命誕生以来、数十億年という長い歴史を貫く自然の摂理が存在します。

数回に分けて、記事をアップしていきますので、ご期待ください！

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