| メイン |

2011年02月19日

【男の居場所は何処にある?】~生物に学ぶ雌雄の役割分化~

今回から本格的に【男の居場所は何処にある?】がスタートします。

前回のプロローグでは、

『男は闘争存在』

その闘争存在たる男の存在基盤は、外圧闘争にある。つまり、男の役割は、家庭の外にしかありません。

と答えを提示しました。

ではなぜそう言い切れるのでしょうか。

その根拠を今回は紹介します。

るいネット
メルマガ

 にほんブログ村 子育てブログへ

近年、「家庭内の子育てをする父親像がかっこいい」というイメージが広がりつつあります。このイメージは、社会に存在する人類にとってよいことなのでしょうか。

まずは、人類まで進化する過程の中で、男と女がなぜ存在しているのかから固定していきたいと思います。

「ロ.雌雄の役割分化」 ~るいネットより一部引用~

~前略~

雌雄に分化した系統の生物は著しい進化を遂げて節足動物や脊椎動物を生み出し、更に両生類や哺乳類を生み出した。

しかし、それ以前の、雌雄に分化しなかった系統の生物は、今も無数に存在しているが、その多くは未だにバクテリアの段階に留まっている。

これは、雌雄に分化した方がDNAの変異がより多様化するので、環境の変化に対する適応可能性が大きくなり、それ故に急速な進化が可能だったからである。

生物の進化過程では、ある生物が外圧に適応するために進化するとその影響によって他の生物に加わる外圧が大きくります。その外圧に適応するために他の生物も進化します。そうやってどんどん外圧の高まりと進化の塗り重ねによって、現在の生物たちが生きています。

人間も例外ではなく、人類に至るまでにさまざまな進化過程を経て、今に至るのです。その一つが雌雄分化なのです。

次に、雌雄に分化したときの役割を押えます。

雌雄分化とは、原理的にはより安定度の高い性(雌)と、より変異度の高い性(雄)への分化(=差異の促進)に他ならない。

~中略~

それは、雌雄が同じ役割のままでいるよりも、安定性の求められる生殖過程はメス、危険性の高い闘争過程はオスという風に役割分担を進めた方が、より種としての環境適応が高くなるからである。

例えば脊椎動物の系統では、魚のメスは卵を産み落とすだけで子育てなどしないが、爬虫類になると卵を温めて孵化させる種が現れ、更に哺乳類になると胎内保育をし、その上かなり長期間子育てに携わる様になる。

つまり、進化するにつれてメスの生殖負担がどんどん大きくなってゆき、そのぶん闘争負担は小さくなってゆく。他方のオスは、それにつれて生殖負担が小さくなり、そのぶん闘争負担が大きくなってゆく。

例えば哺乳類は、一般に内雌外雄の集団編成を取っているが、これは外敵には闘争存在たるオスが対応し、その集団(オスたち)に守られて生殖存在たるメスと子供が存在するという、外圧に対する二段編成の構造(=同心円の構造)である。

だから、オスが子育てをする哺乳類など、殆どいない。

上記のように本来男は闘争存在であり、外圧に立ち向かい集団を守ることが男の役割です。

そう見てみると、現代の家庭にみられる現象に対して違和感を感じますね。その違和感の一つが「イクメン」現象です。

現在「イクメン」として存在している人は2%にも満たない状況ですが、その「イクメン」予備軍は、かなり多く存在すると思われます。

「イクメン」予備軍に陥る構造は、すべて家庭が問題というわけではないようです。企業の私権体制も影響しているといえそうです。

私権企業の経営者側にとって利益を創り出す方法は一つではありません。その利益を創り出す方法の一つとして、人材の給与を減らすことがあげられます。よく言われるのはリストラですが、実は残業をしない方針をとることもその一つです。

その結果、残業できない人たちは、アフター5といえど、給料が下がるためお金がないから、家庭に収束します。

その収束する活力の基盤(妻からの評価)が、子育てなのです。(現在の社会的に見ると、子育てをする男は格好いいという評価がえられることもひとつの活力源になっているかもしれません)

しかし、男が子育てに収束する(中性化)ことはいいことなのでしょうか。また、中性化するということはどういうことなのでしょうか?

哺乳類は(自然界でも一般には)メスが生殖過程を主要に担い、オスが闘争過程を主要に担うことによって、メスとオスが調和し、種としてのバランスを保っている。

それが、オスとメスを貫く自然の摂理である。

(現在、男女同権論者たちは「男と女の役割分担は、社会によって作られた悪習である」と主張しているが、それは生物史の事実に反する嘘であって、上述した様に人類が登場する遥か以前から、オス・メスの役割分化は進んでいる。

~中略~

人間は、自然の摂理を冒涜してはならない。その意味で、男女同権論に惑わされた現代の男女が、差別化という進化のベクトルに逆行して中性化しているのは、種にとって極めて危険な状態である。)

この先、「イクメン」たちが増えていくことはかなり危険です。現在は子育てが活力源になっているかもしれませんが、子供が育ち、友達が増えたとき、社会に出たとき、この「イクメン」たちはおそらく存在不安になるでしょう。

しかも闘争課題を捨象しているので、社会に復帰しようとしても役に立てない存在にしかならないことは見えています。

一方、一つの可能性としては、残業しない分時間ができたことを考えると、社会に役立つことは何かと考えることもできます。

そういう社会について本気で考える「場」の可能性に気づけば、流れは大きく変わりそうな気がします。 :D

参考投稿~るいネット~
オスメス分化の塗り重ね構造
男女共に担える課題はあるし、互いに必要な存在。

投稿者 kaneking : 2011年02月19日 List   

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.kansya.jp.net/blog/2011/02/1164.html/trackback

コメントしてください

*