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2010年01月04日

子育てを家庭に任せてはおけない!-5~@本来どうあるべき?子育って、なに?(2)

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みなさん、こんにちは。子育てを家庭に任せておけない!第5弾です!!
前回は、「本来の子育て」とは、どういうものか?の前段で、闘争(職場)と分断された家庭における親子関係は、現代社会の特有のもので、本来、生物史上では親子関係はなかったという事実人間でも戦後の農村でも集団で育つ上では固定化された親子関係は稀で、多用な大人達と子ども達の関係の中で、子ども達は育ってきたことを紹介しました。

今回は、「本来の子育ては?」の本題に戻って、その中味に迫っていきたいと思います。

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まずは、『るいネット』の秀作投稿からの2つ紹介します。
人は集団の中で育つ

%E6%AF%8D%E5%AD%90.jpg1歳6ヶ月になる息子を見ていて最近強く感じるのは、「集団の中にいるほど成長が早い」と言うことです。
例えば、それまで全く歩けなかったのが親戚の集まる場で数日過ごす間に歩き始めた、「あーあー」などの喃語しか話せなかったのが急に語彙が増えて明確に意味をもった言葉を話し始めた、いろいろな道具を使えるようになった等です。

人間は、周囲に同化する中で成長していくので、同化対象が増えるほどに成長速度が早くなるのでしょう。周囲からの「成長期待」が多く掛けられることも、影響していると感じます。

このような現象事実を目の当たりにする中で、現在の核家族は「人間の成長の場」としても、問題があると感じ始めました。
核家族と言う”カタワな集団”の中では、同化対象は極めて限定的になるからです。

2~3歳ともなれば、幼稚園に通ったりする中で、集団生活を経験するようになりますが、それでは”既に遅い”と感じます。
子供を見ていて思うのは、乳児期から幼児に成長するまでの過程が極めて重要であると言うこと。乳児期は観念機能が全く備わっておらず、共認機能による同化行為を通して急激に成長していきます。この時期は、表情や言葉による反応充足に最も鋭敏な時期とも言え、常に周囲の反応を羅針盤に成長していく様が見て取れます。
一般的に「社会性は幼児期に集団生活を経験する中で育まれる」と言われますが、
乳児期から既に社会性の獲得(=同化能力・対象化能力の獲得)過程は始まっていると言えるでしょう。

この時期に、極めて限定的な同化対象(最も極端な場合は母親のみ)にしか触れず、集団生活に触れないのは、人間の成長過程として致命的と言っても過言ではないかもしれません。
考えてみれば、哺乳類~猿~人類は、基本的に集団の中で生まれ、成長していくのが自然の摂理。(『実現論 序文 ニ.起点は、私婚⇒私権の共認と私権闘争』)その摂理に反しているのですから、極めて異常な状況と言えます。
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自然の摂理に則った集団の中で成長してきた先人達と、核家族と言う”カタワの集団”で成長してきた現代人を比較すると、相手の気持ちを理解したり、自然の移り変わりや状況を的確に捉える「同化能力」や「対象化能力」が低下しているのは疑いようがありませんが、観念能力に関しても(科学技術が現在のように発達していない中で、数々の工夫思考・実現思考で問題を突破してきた、先人達と現代人を比較すると)明らかに「能力低下している」と感じます。
観念能力は、共認機能=同化能力の上に構築されていくものなので、同化能力が低下すれば、必然的に観念能力も低下するのでしょう。

貧困の消滅と言う、生物史初の大転換に直面し、環境問題・経済問題を始めとする様々な未明課題に直面している人類。これからの人類には、これまで以上の同化能力・観念能力が必要とされていると言っても過言ではありません。

そう言う意味で、本源的な集団基盤を再生していくのは、行き詰まった性の再生だけでなく、真っ当な成長基盤の再生→同化能力・観念能力の再生を図っていく上でも、極めて重要な課題と言えそうです。

 

『子育て=人を育てるということ』

(前略)
そこで子育てを
「人を育てること」という風に捉えなおして
みました。
すると
「なんだこれはなにも子育てだけじゃないな、今やってる仕事と同じやなー」とすっと入ってきました。
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仕事をする上で求められること。例えば、対応の仕方、仕事の段取りの立て方、営業能力・技術を高度化させること・・・などなど色々あるけれども、これは「目の前にいる相手に同化し期待に応えていくこと」やそのために「逃げない、ごまかさない、あきらめない」でいること=圧力を把握し応えていけることがしっかり基盤にあれば、後からいくらでも高度化していけるものではないかと思う。だからまずは、闘争圧力をいかに仲間と共有できるかということを意識する。子育てもそれと同じ。
形ばかりに目を向けて、見えづらくしていた子育て問題。
実は形が問題なのではなくて、すっかり豊かになってしまった現代に、
共有できる圧力がなくなってしまったということが最大の問題だったんだということに気が付きました。

以上のことから、以下のような図解が成り立ちます。

集団(のみんな)で育てる
     ∥
     ∨
外圧=みんなの期待を対象化:闘争圧力の把握
∥       ∥
∥       ∨
生産課題=集団課題=個人の課題(:みんなの課題⇒共認
∥ ∥   ∥       ∥
∥ ∥   ∨       ∨
∥ ∥ 学び⇒成長期待<=生産者(人)として育てていく
∥ ∥   ↓     ∧   ∥
∥ ∥ 同化能力△ ∥   ∥
∨ ∨   ↑     ∥   ∨
規範⇒安心基盤=>出産→子育て課題は集団みんなの期待課題
(みんなが同化対象)    ↓
                 ↓
         子育て=充足課題(役割)

集団の中で子供を育てることにより、子育て課題がみんなの期待=役割となり、それが充足課題となる。現代の家庭のように、子育て不安や評価非充足、孤独感などがなくなり、周りのみんなに育まれながら母子ともに、充足しながら成長できます。ま
た、みんながいる場、そしてみんなが認めた規範を安心基盤とし、たくさんの同化対象との係りを通じて、生産課題という集団課題を担うこと、それを習得していってほしいという成長期待を掛けられ続けることで、どんどん同化能力を高めていくことができます。

このように、本来の子育てとは、本来の集団(本源集団)の形成抜きには語られないことが分かります。

次回は、この本源集団再生に向けた実現基盤とは何か?ということを扱っていきます。

投稿者 sashow : 2010年01月04日 List   

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コメント

この図解、すごいって思いました☆

まず、闘争圧力の共認がある。だからこそ、集団の一員として育てていくという期待圧力も高まる。だからこそ、子育てに対する期待も高い。
だから、子育ては充足課題になる☆

子育てをみんなの期待なんだと捉えられるって大きい。そのためにも、集団の再生が求められているんですね☆

投稿者 たてこ : 2010年1月8日 21:32

生産課題=闘争課題のある空間での子育て。現在の家庭や学校で、決定的に欠けているのがコレ。でも、今後各家庭の中に、生産・闘争課題が組み込まれていく可能性があるのか?と考えると、職場と家庭が分断されている以上、大きな距離があるのでしょうネ。そして、学校も世間から切り離されているし…。

じゃあ、企業集団での子育てってどうなのでしょう?そこには、生産課題満載。「大人たちの背を見て子どもが育つ」にはうってつけ。でも、そのためには新たな仕組みづくりが必要な感じがします。そして、生産・闘争とセットで、親和的な空間も…。チャレンジ課題ですね。

また、農漁村での子育てというのも有りかも…。子どもたちが直接手伝える生産課題が、いっぱいありそうです。そして、目に見えてその成果が現れる。楽しすぎて、街には戻れなくなったりして…。

「家庭での子育て」という枠をはずすと、いろんな子育てパターンがありそうですネ。

投稿者 hajime : 2010年1月9日 19:41

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