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2007年09月30日
いま、高校生達の中で熱いもの!?
最近、中高生達の間で最も盛り上がるイベントと言えば?
やっぱり
文化祭
ですよね。
と言っても、当然学校や時代により温度差はあるとは思いますが、近年文化祭などの学校行事は年々盛り上がりを見せているようです。
先日まで、仕事で某私立高校に毎週通っていたのですが、そこでも休み時間や放課後は文化祭に向けての練習や準備で校内が熱気を帯びていました。結構偏差値の高い学校なんですが、勉強そっちのけでほぼ全クラス・全生徒が準備に練習に汗を流しているような状態。
私の通っていた高校でも、文化祭はそこそこ盛り上がってはいましたが、ここまで熱くは無かった。
なんでイマドキの学校行事は、ここまで盛り上がっているんでしょう?
投稿者 kawait : 20:09 | コメント (5) | トラックバック
2007年09月29日
東京都の公立高校に復活の兆しが・・・

<日比谷高校HP体育大会の模様>
まずは、
平成17年度 都道府県別東大合格者ランキングと公立高校占有率
を見てみると、
1位 東京都 7%(2005年) 36%(1975年)
東大合格者数1位である東京都の公立高校合格率の低さが目に付きます。
そして、30年前と比較するとかなりの凋落振りが伺えます。
4位の愛知県や6位の福岡県は、6割を越しているので、
全ての都道府県で私立が優位とは言えないみたいです。
東大合格者数の多い高校と言えば、開成高校が筆頭に挙げられますが、かつては、
公立であった、日比谷高校が1968年まで常に1位をキープし、多いときでは200名近い合格者数を出していましが、1967年学校郡制度の導入に伴い1980年には1桁代にまで落ち込みました。
2001年の自校による入学者選抜学力検査の導入を筆頭にいろんな取り組みをし、現在では、28人の合格者を出すまでに復活してきています。
投稿者 sodan : 18:27 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月28日
公立高校は何故凋落した?
まずはこの表を見てください。1960年以降2005年までの東大合格者数の高校別ランキングです。
1960年では上位のほとんどを国公立が占め、全20校中私立は3校しかなかったのですが、2005年では、逆に国公立はわずか3校となり、残りは全て私立になっていることがわかります。また東京都立高校の名門である日比谷高校に至っては、1965年に181人もの東大合格者を誇っていましたが、1975年以降は全く姿を消してしまいました。
公立高校が凋落しこのような逆転現象となった原因は何だったのでしょうか?
投稿者 hiroaki : 18:38 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月27日
うつ病治療薬リタリン 乱用防止で効能取り下げへ
>最近の猟奇的な事件を起こした犯人のほぼ100%が、新型の抗うつ薬を取っているという事実は衝撃的だった。抗うつ薬の「リタリン」について詳しいサイトがありましたので紹介します。<リンク
最近の「親殺し」など短絡殺人の原因として、坑うつ薬の使用があげられていますが、以下の新聞記事によると、向精神薬「リタリン」の製造販売元のノバルティスファーマ社は、うつ病についての効能効果を取り下げる方針を固めた、とのことです。
うつ病などの治療薬として承認されている向精神薬「リタリン」(塩酸メチルフェニデート)による薬物依存が多数発生しているとして、製造販売元のノバルティスファーマ社(東京都港区)は20日、うつ病についての効能効果を取り下げる方針を固めた。近く薬事法に基づき厚生労働省に取り下げ申請する。同省によると、不適切使用を理由に製薬会社が薬の効能を狭める申し出をするのは、極めて異例という。同社はこれに先立ち、精神科関連の学会などに打診、理解を求めた。同省は取り下げ申請を受けた後、諮問機関の薬事・食品衛生審議会にかけるなどして正式決定する。
取り下げが認められれば、うつ病患者への処方は医療保険が適用されなくなる。その後も保険外診療での処方は医師の裁量で可能だが、効能を外すことで安易な処方を食い止める狙いがある。
製薬会社が薬の効能を狭める申し出をするのは極めて異例というから、「おかしい」という世論の盛り上がりに対して取り下げざるを得なくなったということか?
リタリンは短絡殺人の原因の一部でしかありません。しかし、原因を突き詰め、発信し、世論形成することで状況は変えていけるはずです。引き続き原因追究して行きましょう。
投稿者 fwz2 : 10:56 | コメント (5) | トラックバック
2007年09月26日
今、なぜ、日本の教育が軍国主義化するのか?
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」メールマガジン【福田選出と郵政340兆円軍事費用化と森派という寄生虫族について】
上記のメールマガジンの中で、日本の教育が軍国主義化しているとの話が、小野寺氏の知人の区立中学校教授との対談のなかで述べられて言います。
※続きに掲載してあります。

戦後、GHQの教育支配から、日本の軍国主義化をアメリカは阻止しようとする教育政策を日本に強要してきました。当然、日米安保の中で、日本はアメリカの軍事力に頼って、軍国主義の路線をとらずに、アメリカの力に守られながら、憲法9条を改正せずにきましたが、
ここにきて、なぜ、教育が軍国主義化しているのでしょうか?
考えられるのは・・・・
1】米国が国家赤字を抱えて、軍事費の捻出ができず、日本に金を出させるための前準備?
2】日米安保を破棄して、中国との関係を重視したい米国において、日本は邪魔。自国の防衛は最低限自国で行うという政策を政府がとっているから?
3】憲法9条を改正して、日本にも参戦できるように仕向けている?米国の軍需産業が潤う?
などなど。もう少し検討が必要ですが、なぜ、このような、軍国主義教育が、義務教育の公立学校で危機感として捉えられているのか?考えてみる必要があるのではないか?と問題提起しておきます。
投稿者 2310 : 12:00 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月24日
地域で子育て~実践編
おひさしぶりです。hajimeです。
「地域で子育て」。このブログでも、たびたび出てくる言葉です。しかし、その実践はまだまだ遠い道のりか?という感覚も一方で持っていました。そんな中、こんな記事が…。
「第1回よみうり子育て応援団大賞」決まる。
http://www.netz.co.jp/heart-fd/index.html
以下、記事転載。
■地域一体で世代交流![]()
■寺子屋や夜間保育
「私たちがやってるのは、ほんとに小さな小さな活動なんですよ。本当に(大賞を)もらっていいんですか?」。受賞を聞いた「ハートフレンド」代表理事の徳谷章子さん(52)の第一声だった。しかし、選考委員からは「小さくても丁寧に地域の多世代のニーズをすくい上げている。新しいまちづくりの形を示した」と高く評価された。子育て支援団体が活動を始める際に直面する「場所探し」の問題を、最初からクリアしていた点が、同団体の特徴の一つだ。
活動拠点のある桑津地区は、昔ながらの民家と、新しいマンションが混在。子育て世代が転入し、子どもの数は増えたが、学校以外の遊び場は少なかった。
2001年、消防署の移転新築に伴い、地区の小学校北隣に仮設施設(2階建て)が建てられた時、10年以上子ども会やPTA活動を続けてきた徳谷さんら女性15人が「(移転後)仮設を子どもがいつでも遊びに来られる居場所にしたい」と声を上げたのが始まり。
趣旨に賛同した地区連合町会長の佐倉謙二さんが区役所と交渉し、仮設を町会で借り受けた。03年6月の開所までに冷蔵庫やコタツなどほとんどの備品が地元からの寄付で集まり、本は5500冊寄せられてミニ図書館ができた。
こうした協力が得られたのは、スタッフが子ども会活動を続ける中で町会や女性部会、青少年団体、民生委員、学校長、PTA、社会福祉協議会など、地域の担い手たちと、“顔の見える”つながりを作っていたからだ。
◆
活動は次々生まれた。「小学4年生になっても、2年生の引き算が分からない。家で教えると親子げんかになる」。「そしたら、ここでやろか」。そんなスタッフ同士の会話から「てらこや」(寺子屋)を始めた。大人7人がスタッフとなり、算数ドリルや漢字などの教材を自作。学校帰りの午後4時~6時、小中学生計112人が週1、2回ずつ勉強している。「これ、脳の活性化にいいんとちゃう? 大人もやろ」と、30歳以上の大人を対象に「おとなのてらこや」も始まった。そして、参加したお年寄りらが、スタッフとして子どもの相手をしている。
また、「子どもが生まれて5か月。今日初めて夫以外の大人と会話しました」という電話を受け、母親同士が交流出来る場所を作ろうと、大阪市の「つどいの広場事業」の委託先となり、0~3歳児と親による「ハート広場」を開催。一時預かりや夜間保育も行う。
子どもが地域リーダーに育つことを目的にした「ジュニアリーダークラブ」や、創作活動を体験する「文化部」といった活動もある。
事業を進めるにあたっては、地区の19町会の回覧板を通じて約5700世帯に情報発信し、行政の窓口やお世話になる地域の人にはことあるごとにスタッフが足を運ぶ。一方で、国の補助事業の委託先になるなど事業運営の仕方は先進的だ。
活動拠点の建物は仮設なので、いずれ補強するか、建て替えの必要も出てくる。徳谷さんらスタッフは「課題もあるが、今後も地域にお返し出来るよう、頑張らなくては」と決意を新たにしている。
(2007年09月23日 読売新聞)http://osaka.yomiuri.co.jp/ouendan/taisyo/ok70923b.htm
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投稿者 hajime : 21:01 | コメント (1) | トラックバック
受験戦争を勝ち抜いていくには?!
最近のお受験ブーム
にそって、今回は受験を制するにはどうしたらいいの?!っていうところに迫っていきたいと思います。
よく、入試で問われるのは知識力や、表現力、はたまた論理力だなんて言われ、問題解決能力が必要だなんていわれますが、実際はそうじゃなくて、受験とは定型課題だったんです
。
定型課題ってなに?!
それがどう「受験を制する」に繋がるの?!
知りたい♪って思った方は、つづきをどうぞ
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いつもありがとうございます
投稿者 ringo : 10:00 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月23日
またか!Σ( ̄ロ ̄lll)10代 ~10代の“親殺し”に対する“なんで?”~
またか!Σ( ̄ロ ̄lll)10代 シリーズ 第2弾!です!!
なっつんさん
が上げてくれた事件以外にも、10代による似たような“親殺し”の事件があります。
記憶に新しい
会津若松頭部切断母親殺害事件(2007年5月) リンク
奈良家族三人放火殺人事件 (2006年6月) リンク
これら貧困や相続に関係しない所謂短絡的な“親殺し”事件に対し、まずは、それぞれの事件の概要を下段にまとめておきます。
そして、これらの事件から感じるいろいろな疑問:“なんで?”を、短絡“親殺し”事件の“ハシリ”とされる80年金属バット殺人事件との対比を通して挙げていき、議論⇒追求のきっかけになればと思います。
1.親に対する殺意がおこるの・・なんで?
普通動物の本能レベルでは、同類を殺すことはないのに・・・
2.殺意は起こったとしても、歯止めがきかないの・・なんで?
普通「人殺しはいけないもの!」と思うはず・・・
3.犯行前は計画的なのに、犯行後のことは考えていないの・・なんで?
逆に、'80の事件では、犯行は直情的だが、犯行後は別人の犯行に見せかけている・・・
4.犯行が冷静、犯行後も罪の意識に捉われないの・・なんで?
普通かなり動揺するはず
5.悩んでいたのなら他の人(友達や親戚など)に相談しないの・・なんで?
殺すほどの悩みなら、誰かに相談してアドバイスをもらうのが普通では?・・・
6.そんなに現状がつらいのなら「家を出よう!」と思わないの・・なんで?
昔であれば、親子の対立からの家出はよく聞いた話・・・
7.なんでもう少し我慢できないのか?
今はつらくても、もう少し我慢すればいずれは社会人として家を出ることができるはず・・・
8.父親との対立が多いの・・なんで?
(河内長野は例外?)
9.それなのに、そのほかの家族も巻き添えにするのは・・なんで?
特に、母親に対しては「うらみは無かった」といいながら、包丁で数十回も刺すなど・・・
***********************************
◆80年金属バット殺人事件(1980年11月)
犯人:予備校生(2浪) 男 20歳 (次男)
被害者:両親(死亡)
凶器:金属バット(身近にあった)
犯行の直接的動機:「大学も行けないくせに、酒をくらいやがって。お前のようなドロ
ボーを養っておくわけにはいかん。明日にでも、この家を出て行
け」怒鳴りつけられカッとなった。
犯行の背景:父、兄に対する劣等感→常日頃できない自分を罵られていた。
酒に相当酔っていた。
犯行後の行動:金属バットを風呂場で洗い返り血を浴びた服を着替え、室内を荒らし
て強盗殺人に見せかけるべく第一発見者を装った
家庭環境:父:1934年生(46歳):東大卒→建材メーカー支店長
母:1934年生(46歳):短大卒
兄:早大卒
父方の親戚含めエリート一家
夫婦仲:「○○が二浪しているのは、頭の構造が短大しか出ていないお前
に似たんだ」と当り散らしたこともあったらしい。→仲はそんなに良く
はなかったと思われる。
**********************************
最近の事件の概要は後段にまとめています
その前に
ポチっと押してから続きを読んでね

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続きを読む "またか!Σ( ̄ロ ̄lll)10代 ~10代の“親殺し”に対する“なんで?”~"
投稿者 sashow : 17:24 | コメント (4) | トラックバック
2007年09月22日
「人とかかわる力」を育てるには?
最近、「人とかかわる力」を育てることが必要だとよく聞きます。
うんうん、確かにその通り。では「人とかかわる力」って何でしょうか?どうしたらそれが育つのでしょうか?気になります。
そこで、人と人のかかわりの原点となる「赤ん坊と母親」の関係に立ち返って、まだ言葉のないやりとりから始まり、次第に言葉によるやり取りへと成長していく過程を追って見ます。
るいネットの投稿『「ともに見ること=共同注視」と観念機能の獲得 』と『共視論~母子像の心理学』(北山修著)を参考に紹介します。
乳幼児の発達段階では、1対1の向かい合う関係から、ある対象をともに見る関係(共同注視)への移行が見られ、それは同一視機能の発達(共認充足)、ひいては迅速な語彙の獲得に寄与しているようです。
投稿者 sachiare : 20:52 | コメント (1) | トラックバック
2007年09月21日
教育ニュース【教員免許更新制の講習案、大学講座選ぶ形式】・・・大丈夫?
【教員免許更新制の講習案、大学講座選ぶ形式 文科省 2007年09月10日】(asahi.comより)


文部科学省が、教員免許制度の更新案を検討しているようだ。しかし、現場の教員にとっては、負担以外の何ものでもないきがするが、5日間、教育論なる方法論を勉強したところで、何が役に立つのか?はっきり分からないし、運転免許の更新であるまいし、単なる規制強化なら、建築基準法の改正と同じく、教育現場を混乱させる以外のなにものでもない気がします。
また、もっとも【旧観念色の強い大学の講座】を受けるというとんでもない頓珍漢な政策は、現実や現場との遊離や断層を拡大するだけで、結局、形骸化していくものだと思います。
免許更新などという馬鹿らしい制度はやめて、学内ネットでも開き、劇場会議の形式で、みんなに開き出し、学校単位で運営していく共認統合の手法が必要ではないでしょうか?
中央集権の強制圧力の方法では、誰も活力が沸かないでしょうね。
続きを読む "教育ニュース【教員免許更新制の講習案、大学講座選ぶ形式】・・・大丈夫?"
投稿者 2310 : 12:30 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月20日
またか!Σ( ̄ロ ̄lll)10代 ~めくるめく殺人事件の真相に迫る~
つい先日、またか!Σ( ̄ロ ̄lll) と思うような殺人事件が起きました
京田辺警察官殺人事件リンク
16歳の娘が警察官の父親を殺害するという衝撃の事件。
ここ数年、子どもが親を殺害する事件が異常に多くないですか
たとえば・・・
80年金属バット殺人事件(1980年11月) リンク ←この事件が親殺しの走り
だと思います。
河内長野市家族殺傷事件(2003年11月) リンク
板橋両親殺害事件(2005年6月) リンク
親をけむたく感じたりむかついたり・・・ってむかしからあると思うんだよね
でも、殺したいとは思わないし、まさか実行するなんて・・・むかしはありえなかったし。
なんでこんな事件が立て続けに起こるの
親殺しって一言で言っても、過去の事件と最近の事件の違いってあるの
どうしたら解決できるの
事件が起こるたびに、なんで・・・?また・・・。ってみんな感じてるけど、だれも答えが出せてないから次々つづいてるってことですよね
みんな知りたい
&解決したい
この問題にシリーズ化で追求していきます
つづきをこうご期待
応援よろしく
by なっつん
投稿者 kado : 21:48 | コメント (1) | トラックバック
2007年09月15日
戦後教育のおかしな教育改革
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戦後教育の問題性がよく取り上げられるが、どこに問題があったのか探って行きたいと思います。
戦後、GHQ占領下の元、日本国憲法の施行と同時期(1947年)にアメリカ教育使節団の提言により教育の改革が行われ、教育基本法が施行される。
教育基本法は、GHQとの協議・意見交換で、戦前の国家主義的教育につながるような文言の削除を求められた箇所はあるにしても一貫して日本人の手で自主的・自律的に作成されている。(参考)教育基本法Q&A
投稿者 sodan : 20:08 | コメント (4) | トラックバック
2007年09月14日
教員の力量不足は教育学を学んでないから?

1945年、第二次大戦の敗戦により、日本の教育制度はアメリカ式のものへと変えられた。
そして、教員の養成機関も旧来の師範学校から新制大学の教育学部や学芸学部へと変えられた。
その際、各大学の教官登用審査において重視されたのは、研究者としての資質だった…
しかし、それは大きな勘違いだったのではないだろうか?
投稿者 wyama : 21:38 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月13日
明治時代における通俗教育
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明治5年の学制により学校制度が作られて以降、小学校への就学を促進するための親に対する啓蒙的な教育として、1885(明治18年)に「通俗教育」が初めて文部省の事務章程に規定されました。
「通俗教育」とは?・・・「明治期東京における地域通俗教育の変遷と諸相」(松田武雄氏)によれば、
通俗教育は当初、就学奨励を目的として、親に対して学校や教育の重要性について通俗的に語ることから始まったが、合わせて親や住民に対する国民としての啓蒙的な教育としての意味もあった。日清戦争以降、小学校の就学率は急速に上昇し、国民教育制度の確立が進んでいくが、それに伴って通俗教育の内容が、親への就学奨励を目的とする教育から民衆への啓蒙的な教育へと比重を移していく。 特に1894(明治27)年8月に始まった日清戦争に際しては,国民の愛国心の形成や・「尚武教育」を目的とした幻灯会などが実施され,国民意識を鼓舞していく。
とあります。戦前に始まったこの通俗教育は、国家による一方的な思想統制という側面は無く(というよりもそのような基盤がなかった)、各地域による主体的な活動として位置付けられており、その活動の発展が日本の社会教育行政の土台となったそうです。
投稿者 hiroaki : 18:17 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月12日
明治時代の学校に見る日本人の気骨~教育改革のヒント
いきなりですが、明治時代といえば、黒船の来航以来、海外の列強に怯え、この圧力の下、富国強兵が叫ばれた時代です。

この写真、ブログ「質素な写真展示室」さんから引用させていただいた黒船です。
この方の写真、スッゲー綺麗です。
・・・・話を戻して
こんな時代背景の中、学制が制定され、富国強兵の一環として教育制度も整備されていきます。
こんな時代の学校ってどんなだったんだろう?
今回は、歴史をちょっと勉強してみま~す。
応援お願いします

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いつもありがとうございます。
では、続きをどうぞ~
続きを読む "明治時代の学校に見る日本人の気骨~教育改革のヒント"
投稿者 gokuu : 18:19 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月11日
丁稚奉公ってなに?
こんばんわ。かわいです。
昔の教育事情ってどうだったんだろう?と考えていた時に、ふと思い浮かんだのが「丁稚奉公」。
皆さん、聞いた事ありますか?
私の祖父は今年で92歳になるのですが、幼い頃は丁稚奉公に出され、たまたま奉公先の御主人がとても親切な方だったおかげで、小学校に通わせてもらえたんだよ、なんて話を聞いた事があります。
ちなみに丁稚奉公とは、江戸時代からおよそ200年ほど続いた、日本の商店主育成制度。
当時は、まだまだ家父長権も健在で、長男が実家を継ぐ、というのは
この丁稚奉公をキーワードに調べてみると、丁稚奉公で教育を受け、戦後の日本経済成長を支えてきた大物達が結構いるじゃありませんか!
いくつかの実例を紹介しますね。
投稿者 kawait : 21:56 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月10日
胎教って何??
胎教という言葉は皆さんご存知だと思います。生まれてくる子供のために妊娠中の母親がクラシックの音楽を聞かせるというのはよく聴く話です。
今回はこの胎教についてのおはなしです。

http://www.icreo.co.jp/maternity_notebook/index.html画像はこのHPからお借りしました
投稿者 daichi : 10:00 | コメント (3) | トラックバック
2007年09月09日
教育ニュース【文科省:指導力不足教員の認定、年内にガイドライン整備へ】
教育ニュース【指導力不足教員の認定、年内にガイドライン整備へ】Sankeiwebより


「指導力不足教員」の認定に関する国のガイドラインを文部科学省の協力者会議で討議しているようだ。確かに教師に不祥事は目も当てられないが、普通の教師に対しては、このガイドラインがまた、足かせとなって、迎合体質で、硬直した学校システムを作り出すことが懸念されますが・・・
この記事に対して【毎日が発見!】【『毎日が発見』は、毎日更新する事で言える事です。『継続は力なり』で子供を見守りたいです。//君は卑怯者(ひきょうもの)になるな!藤原正彦(現 お茶の水女子大学理学部教授) 】のブログでは、このようにいっています。
一つの行動で人間性まで言及されるのは、ガイドラインを作る人間は神様か何かと勘違いをしてるんか?人間なんやから、段階的な処置は作るもんやし、その機関も作らんでは烙印を押しただけになる。人にレッテルを張って面白いか?再研修を受けて現場復帰をさせるように考えたり、生徒や親への対応などの基礎的部分を再度講習などで身に付けさせてあげるようなシステムを作らないで、「不適格」と烙印を押して「懲戒免職」では社会的制裁が強すぎる。こんな事をしてたら、教師を目指す人間が減るで。
「不適格教師」のガイドラインを作る事より、先ずは受け皿の整備を行なってから罰を決めるもんや。罰ありきで物事を考える思考性が今の世の中を変にしたんやと思うけどな。チャレンジのチャンスを増やす事が人間の思考やで。人にレッテルを張る行為を考えるより先にする事があると思うけどな。
詳細は、ガイドラインをみないと分かりませんが、結局、序列にものを言わして、法整備ですか??
相変わらずの目先対策では、教育の場が混乱するでしょう。改正建築基準法のように・・・
現場しらずの、役人のすることでしょう。結局、よくならないのは目に見えているのに・・・・(無駄な努力と税金・・・)活力すら再生させない金の使い方はもうやめですね!
続きを読む "教育ニュース【文科省:指導力不足教員の認定、年内にガイドライン整備へ】"
投稿者 2310 : 12:00 | コメント (1) | トラックバック
2007年09月08日
教育ニュース【家庭教育を専門家チームが支援=文科省政策】
国が、家庭の教育支援に乗り出すようです。詳細記事は、続きに記載しています。行政が、どのように現在の密室家庭の教育に食い込んでいけるか?が疑問ですが、少なくとも、統合機関である行政が、家庭の問題に照準を当てている事が分かります。


【親学】がこのブログでも話題になりましたが、批判が多かったようです。当然、自分の最後の砦である家庭に切り込まれることに対してかなりの抵抗があると思われますが、ばらばらになった単身の子育ての不安や不全を解消できる目先的な対策であります。
やはり、家庭を聖域にし、消費一辺倒にし【教育と生産の場の分離、生産と消費の分離】を招いた私権獲得の市場社会の構造を根本から替えることが必要ではないかと思われますが・・・
さて、詳細の内容の継続ニュースがありましたらまた投稿しておきますね。
続きを読む前に・・・・
いつもお願いしています、みんなに知ってもらいたい願望より、クリックのお願いです!
続きを読む "教育ニュース【家庭教育を専門家チームが支援=文科省政策】"
投稿者 2310 : 12:00 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月07日
私塾の源流 > 前提は、身分よりも能力を重視した国家試験制度。

はい、今日は、「私学の源流」について。
「私塾の源流 - るいネット」より
>江戸時代は国際的にもまれにみるほど教育機関が発達していたようです。
>これは武力支配の士農工商という身分制度は厳然として存在しながらも、実は商人が経済力を背景に実質的な力を持っていた。
>その中で現状に飽き足らない人たちは市場社会における新しい序列の可能性をみていたのだと思います。
なるほど。
しかし、なんで江戸時代に?
「私塾」設立の前提をもう少し追ってみました。
単純な結論ですが、「私塾」の前提は「国家試験制度(リンク)」であり、その起源は中国の「科挙(リンク)」に行き着きました。
まいどブログランキングアップのご協力ありがとうございます。ポチッポチッっと
続きを読む "私塾の源流 > 前提は、身分よりも能力を重視した国家試験制度。"
投稿者 toya : 20:24 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月06日
学校ってどうなってるの22 ~中間まとめメモ2

これまでの「学校ってどうなってるの?」シリーズでの検討や、「江戸時代の教育事情」
「江戸時代の教育事情~戦前まで残っていた若者組」「国による教育 明治時代~現在」
を参考に、再度中間まとめを行ってみたいと思います。
教育は、その時代時代の社会状況、とりわけ外圧に適応すべく成されています。次回以降は、江戸時代(それ以前?)から現在、そして、将来に渡る外圧の変遷をベースに、それに対応した各時代の教育制度の変遷をまとめると同時に、今後どう変わっていけばよいか?に結び付けたいと思います。
・・・今回は、叩き台として、まず最終的な全体イメージと、追加調査課題について考えてみました。
続きを読む "学校ってどうなってるの22 ~中間まとめメモ2"
投稿者 kota : 23:20 | コメント (5) | トラックバック
子育てに自然を取り戻すのはむずかしいけれど、お母さんだけに荷を負わせてはいけない!
解剖学者の養老孟司氏(「バカの壁」の著者)の子育て論を見つけました リンク
子育ては、「ああすれば、こうなる」式の「機械の世界の認識」では対応できない。「覚悟」すること、勉強でなく「やってみる」ことが重要と言う。現代それができなくなったのは、共同体が失われ、「子供は社会共通の持ち物である」という意識が、なくなってしまったためだという。
続きを読む "子育てに自然を取り戻すのはむずかしいけれど、お母さんだけに荷を負わせてはいけない!"
投稿者 fwz2 : 22:11 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月05日
子供と一緒に働ける場を作りたい!
>現実の圧力の場に子供がいる事で(子供達が)学ぶ事が多いのではないかと思います。
仕事場って真剣勝負の場
みんなが真剣に考え
、話し
、手を動かし
、みんなからの期待に応えよう
としている場所だから、子供たちも、生ぬ~るい家とは違う“現実の圧力”を感じとるのだろうと思います。つまり、学ぶことが多い。
仕事場
という真剣勝負
の場で、子育て
している事例を見つけました
**********************************
子供と一緒に働けるカフェの事例:Mama's Cafe(ママズカフェ)より引用
岐阜県の多治見市にMama's Cafe(ママズカフェ)という一風変わったカフェがある。
何が変わっているかというと、お客さんがほとんど子連れのママ(お母さんや女性限定というわけではなく一般客の入店も可能)。従って店内は騒々しいというか元気いっぱいではちゃめちゃ、というのは店名から想像のとおり。更に、離乳食メニューあり(しかも中期、後期、完了期と3段階!)という子育て経験のある親にとっては痒いところに手の届く配慮。
しかし、なによりの特徴は、店員さんたちが実は「“子連れ”で働いている」ということである。
**********************************
早速、ホームページママズカフェ Mama's Cafeをチェックしてみました
大人が食べお料理
も出してくれるし、お子様ランチ
・離乳食ランチ
を提供していて、
お人形教室
やビーズ教室
などの子育てママが講師役の教室も開催されるみたいですね
引き続き、「なぜ、カフェを始めたのか?」をご紹介しようと思います
ランキングへ参加してます
応援宜しくお願いします
投稿者 nakamenta : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月03日
教育の必要性ってなに?(まとめ)
幼児教育における早期教育の意義や英才教育に潜む問題性などが提起されていますが、そもそも教育とは何の為に行われるものなのでしょうか
「教育ってなに?」という素朴な疑問から始まり、歴史を遡って調べてきました。
教育というのは、時代ごと教える内容から目的まで、だいぶ変化してきているようです。
常に集団や社会との密接な関わりの中で、教育の意義が考えられてきた、と言えます。
そこで、今回は一旦まとめに取り組みたいと思います。
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写真「遠野のわらべ唄」
投稿者 kawait : 17:48 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月02日
国による教育 明治時代~現在
江戸時代、“寺子屋”が知識や技能の教育機関としてそして、“若者組”が社会的な教育機関として機能していた。(詳細は、前投稿の『江戸時代の教育事情』参照。)
それが、一変するのが、明治時代。

明治時代になると、近代国家としての体制、国力を保つために、教育水準の向上を図るために、明治5年(1872年)学校(小学校)という制度が出来る。
地域に根ざした“寺子屋”や“若者組”という教育機関は、明治政府という“国家”主導の元行われることとなる。
初期の頃の就学率は、全国平均でおおよそ32%。
(ちなみに参考にしているサイト先の奈良県では、54%(男子75%、女子36%))
30年後には、97%にも達している。
面白いのは、制度として設けたのは国家であるが、学校を建てる資金や、先生を雇う人件費は、生徒の授業料を初め、地域で寄付金を募ったり、それでも不足する場合は、地域住民の負担で賄われた。
(参考) 特集 奈良県誕生物語 寺子屋から学校へ
(参考) 「京まちづくりの会」
投稿者 sodan : 22:03 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月01日
江戸時代の教育事情~戦前まで残っていた若者組
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江戸時代における庶民の子供たちの教育といえば「寺子屋」ですが、ここでは「読み書きそろばん」と呼ばれる読書・習字・算数の基礎的な知識の習得に加えて、実生活に必要な知識・技能の教育が行われていました。この寺子屋教育により、日本の識字率ははるかに上昇したといいます。
この時代には、寺子屋という知識や技能の教育機関の他に、社会的な教育機能として「若者組」という集団があったそうです。今日はその一部を紹介してみたいと思います。
